第10話 少尉殿に敬礼を

「だ、大丈夫か?」

「平気平気、見た目が派手なだけだから」

「こういうのはちゃんとやっておかないとな」


 ”増援”到着の日、収容所の捕虜全員が傷と痣だらけだった。無論、引き気味に尋ねているヨシュアでも”特殺隊”の仕業でもない、彼らが自発的に互いを殴り合ったのだ。仮にも本部から送られてくる正規部隊がのほほんと過ごし健康的に肥えている捕虜を見て人道的処置を褒めるとも思えない、戦場での”日常”よろしく日々虐待を加えているように見せないといけないとイライジャが指摘したのだ。村人に関しても、当分は今までのようにせず卑屈に構えるように通達が行った。

 無論ヨシュアは反発したが、事が露見した場合に隊長である自分の責任問題だけでなく”特殺隊”も村人も巻き込まれると言われてはどうにもできない。それがわからないほど愚かでもない。


「それより隊長さんもしっかりしないと」

「ちゃんとやるんだぜ、あんた人がいいから心配だ」

「い、言われなくてもわかってる」


 捕虜も村人も器用に立ち回った、食糧は徴収された態で密かに隠し、わざと粗末な服を着て家や設備をそれらしく壊す。”特殺隊”が手を加えたこともあるが、彼らにとっては今までが異常な状況だったのだ、無論悪い意味ではないが。そしてどんな環境であれ慣れれば人は飽きて刺激を求める、殊に村人にとっては戦時中を思い出して再現するというちょっとした懐古劇の様相を呈していた。それを見ると、ヨシュアは自分が考えているよりも人々は強かだと思わざるを得なかった。


「隊長、来ましたしたわよ……”蠱惑姫”の話じゃ貴族だってよお! ゴミだゴミ!」

「わっ」


 ジェシカとジェームズがいつの間にかヨシュアの背に立っていた。”特殺隊”の面々全般に言えることだが、ヨシュアに気配を悟らせずに接近するのが得意らしい。いい加減に慣れるかもと思いつつ心構えは中々出来ない。


「しっかりしてください……玉落としたか? 俺の貸してやるぞ!」


 彼女たちは表情を然程変えず気取った”ジェシカ”と下品で騒がしく喚き散らす”ジェームズ”の人格が絶えず入れ替わっている。中性的な顔と体つきは初見で彼女たちがどちらなのかを見分け難くしているが、いずれも美男美女であることには変わりはない。元歌劇団員の過去も頷ける。


「ちゃんとついてる。で、どんな奴かわかるか?」

「家紋は『長角牛(バイロン)』アミリティ家、中級貴族ですわね……俺は平市民でおまけに人殺しで人のこと言えねえけどなあ! ぎゃははっ!」

「アミリティ……知らないな」


 ドゥーチェ貴族には、それぞれの家門ごとに紋章がある。大貴族ともなればヨシュアも多少の知識を持っているが、中級下級となると流石にわからない。そもそも首脳陣に食い込むような大貴族が前線に足を運ぶわけもない。


「もうすぐ着きます、あなたがいないと……俺らだけじゃ殺し合いになっちまうぜ⁉」

「わかった、今行く」


 ジェシカ達と収容所を離れていくヨシュアの背に捕虜の一人が呟いた。


「羨ましいな……」

「馬鹿、見てくれは良くても連中殺人鬼だぞ?」

「それでもいい、あんな美人に囲まれてみてえなあ」

「はっは、お前じゃ命がいくらあっても足りやしねえ。あの甘ちゃん隊長さんくらいの器量がないとな」


 ”特殊”な嗜好だが、捕虜だけでなく村人の中にもそう言ってヨシュアを羨む者も確かにいた。



「ヨシュア市民兵か‼」


「はい」


 村の入り口で、ヨシュアはついに”増援”を迎え入れた。総勢約300名、全員が『長角牛』の家紋入りの真新しい軍服を着こなしている。小奇麗な装いは威厳と精悍さを称えているが、最前線である『ゴル村』では滑稽なほど浮いていた。気取った格好はイライジャやジェシカもしているが、彼女らとは違い彼らには纏う殺気がない。


「この度貴様ら下賤の輩を栄誉ある我らが配下に加え入れる! 不本意なれど命の為致し方なし! 穢れた身であることを重々戒め奉仕せよ!」


 進み出た兵士の高圧的な言葉とともに、ヨシュアに複数の軽侮の視線が突き刺さる。所詮罪人部隊、精々自分たちの弾除け囮くらいには役に立てという軽んじがありありと伝わってきた。ヨシュアは顔にこそ出さなかったが内心毒づく、故のない侮蔑は彼の一番嫌いな状況である。

 

「あなたの働きぶりは聞いています」


 少女が従者を従えて歩み出て、最初に進み出た兵士が頭を下げて脇にどく。巻き気味の豊かな金髪に、絵画のような眉目秀麗、すらりとしつつ堂々たる体躯に鎧の映える惚れ惚れするような美少女だった。


「こちらが指揮官のセンリ・アミリティ少尉殿である! ドゥーチェに轟く名門アミリティ家のご息女にして―」


「そこまで、私は家柄を誇るような真似はしなくてよ」


「は! お嬢様、失礼いたしました!」


 言葉とは裏腹にその響きには大きな驕りが含まれていた、諫めるというよりは己の度量の大きさを見せびらかすような浅ましさがあった。兵士らの軽侮と言い言葉と言い、一々勘に障る面々にヨシュアは早くも嫌悪感を抱いていた。


「427小隊のみなさんはどちらに?」


「……お姿を見せるに及ばないと判断し、私が待機させております」


 無論嘘である、待機しているのは事実だがそれは隠れてセンリらの力を調査するための方便に過ぎない。レクスの提案で今現在スミやリザが”異能”を駆使しているはずだった。


「そのような気づかいは無用です、後程改めて挨拶にいらっしゃい。武勇の数々お聞かせ願いたいのですから」


「は……」


 ヨシュアはそこに含まれる『なかなか気が利くじゃない』という響きを敏感に感じ取っていた。はっきりと決まった、この連中は嫌いだ。


「狭く汚いところですが、この村で一番綺麗な教会にお部屋を用意してあります。他の方々にも選りすぐった民家を―」


「我らに平民の寝床を⁉」


「無礼だぞ‼」


 口々にヨシュアに罵声を浴びせる兵士をセンリが手で制する。


「折角用意してくださったおもてなしを無下にしてはいけません、不満なら私が代わります」


「そ、そのようなことは!」


「失礼いたしましたお嬢様! お嬢様は慈愛深くいらっしゃる」


 もしヨシュアがもう少しだけ父親に似ていたら怒鳴り散らしていただろう、出来の悪い三文芝居もいいところだった。兵士たちもだが、それ以上にセンリに腹が立つ。彼女のそれは真意はどうあれ実はある偽善ですらない、貴族である己に酔った幼稚で醜悪な自惚れにしか見えなかった。

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