第9話 場違いな増援
空が白み始めた頃、ようやくヨシュアは最後の住民の陳情を終えた。目が萎み、足が重い、下手な戦闘よりも余程疲弊していた。不意に首を抑える、カーシャに絞められた首が痛みを放ち始めているのだ。イライジャの指圧で誤魔化していたのが疲労で蘇ってきた、早くベッドに入りたい。
「隊長さん隊長さん!」
にも拘らず、一人の村人がよたよたと走りながらヨシュアの元へ歩いてくる。まだ話し足りないのかと内心うんざりしつつ、ヨシュアはできる限りそれを隠して村人に応対する。もし何か雑用を押し付けてきたら、嫌みの一つでも言ってやろうと思った。
「何?」
「何かな、伝令っちゅうのが来てるよ!」
「伝令?」
ぼんやり霞がかったヨシュアの頭が多少スッキリする、市民兵だった頃以来久しく聞かない言葉だった。加えて”特殺隊”は増援補給と無縁、”令印”で管理されている以上伝令が必要な場面などなかったのだ。”ゴル村”を、否最終防衛線と上層部が勝手に命名している地区を命に代えても死守するのが下された唯一絶対の命令である。
「どこだ?」
「家で待たせてあるよ!」
「……わかった」
ヨシュアは急いで井戸の水を汲んで被り、頬を叩いて村人の後に続く。兵隊生活で唯一良かったことは、意識を瞬時に切り替える癖を持てたことだ。おかげで限界状態でも多少動くことができる。
(どうせろくでもないことだろうな……)
悲しいことに悪い方向に関しては一度も外れたことのない自分の勘が、今度こそは外れてくれまいかと願いながらヨシュアは重い足を動かした。
「皆いるな?」
教会で相も変わらず好き勝手な場所に座る一同が気だるげに手を挙げる。伝令を受け取り、そのままヨシュアは”特殺隊”を招集した。彼女らは早朝であるために一様に機嫌が悪い上、何人かは寝間着姿のままでヨシュアはケープを羽織らせるのに苦労した。
「隊長さん、イヴ眠い……」
「ごめんな、すぐ終わるから」
「で、何なの隊長?」
「寝不足はお肌に悪いですのよ……あんたの生皮代わりにくれんのか? ぎゃははっ!」
「重要なこと?」
「ああ、本部から増援……がくるみたいだ」
レクスを始め、頭脳労働担当の何人かが反応する。それが言葉通りの意味でないのはヨシュアの口運びを見なくてもすぐに察せられた。
「ちょっとそれ本当なの?」
「ああ、見てくれ」
ヨシュアが書類を皆の前に広げる、そこには増援部隊の送致と”特殺隊”がその部隊の指揮下に入ることが記されていた。紙は高級品で、ご丁寧金蝋を施した本部付きの判が押してある、切羽詰まった状況の中尚も体面に執心しているドゥーチェの見苦しい浅ましさを体現しているようであった。
「な、なんで今更来るんですか?」
「遠すぎた~橋~」
「”白月”……だわね。会ったら感謝しないと、おかげで援軍が来たんだから」
イライジャが皮肉気に呟く。すでにその眼は、”白月”に加え新たに増えた”援軍”の処理をどうするかに注がれているようであった。
「どういうこったよ⁉」
「バカね、今まで散々”五色彩”にやられてるからやり返したいってのよ。どこぞの馬鹿貴族か何かが来るんじゃない? 武功をあげたいってねえ?」
リザがレクスを揶揄するように言い放つ。レクスは立ち上がる代わりに鋭い目でリザを射抜いた。一同は大なり小なりざわめく、何にしろ急すぎる話だった。そしてそれに対する不満は当然ヨシュアへと向かう。
「勝ってもしょうがないのにねえ。で、隊長どうするの? 言われた通り?」
「だって命令だからな……仕方ないだろ」
「え~やだ~」
「ちょっと今更ですよね」
「斬れりゃどうでもいい」
「断りなさいよ」
「文句言うなよ。反抗したら”令印”で皆殺されちゃうかもしれないんだぞ? 我慢してくれよ、な?」
ヨシュアは必死に皆を説得する。彼自身は知る由もないが、彼女たちの非難轟轟はあくまで見せかけだけである。ヨシュアは”特殺隊”の面々を本心から助けたいと願っていて彼女たちもそれを理解している、一種のじゃれあいだ。ヨシュアはそれを察するには鈍すぎ、一同はそれを素直に出すには擦れすぎていたが。
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