第8話 背水

 ヨシュアは戦死者の埋葬を済ませ、いつも通りに村と捕虜を見廻った後一行と教会に戻った。手に入れた物資はそのままではいざというときに使えない、細々と整理しなければならなかった。医療、食糧、武器、雑貨、イライジャの指定した通りに配置しているおかげでスムーズな運用ができている。

 

「う~ん、イマイチ」

「だめですよ勝手に食べちゃ……確かにまずいですね」

「意地汚い意地汚い~悪い子だ~」

「ほら、喧嘩してないでやるんだ」


 非常食に手を付けるスガワと窘めつつ自分も口に運ぶトゥーコ、飛び回るジャニをヨシュアが叱る。如何に厳しく管理していても、所詮無法者の集団だ。備品に手を付ける輩を見張るのもヨシュアの仕事なのだ。


「しかし、隊長さんよ本当に”白月”がくんのかい?」

「レクスが言ってるし間違いないと思う。偵察もしてくれてるし、すぐにわかる」


 ヨシュアの表情は暗い、”白月”が来るとしたら自分たちは勿論村人や捕虜も当然巻き込まれるだろう。捕虜はまだ逃がせばいいが、村人は一行が来た時と同じく残りたがるに違いない。最悪、意に反して強制的に避難させなければいけないと考えていた。

 そしてそれ以上に、”特殺隊”の面々が哀れだった。”令印”で縛られ逃げ出せない彼女たちは必然的に戦うしかない、おまけに突破されてしまうだけで死を意味するのだ、それがどれほどの困難か。ヨシュアは彼女たちの強さを身近で感じ理解している、それでも不安は募った。ヨシュアは決して”特殺隊”が無敵の戦闘集団であるとは思っていない、強力な”異能”はあれど元は市井の人々である、現実を見据え知略を尽くし個々ができる最大限の働きをしてきたからこそここまで生き延びたと考えている。無論それぞれが許されない犯罪を犯してはいるが。

 対する連合精鋭部隊、通称”五色彩(ごしきさい)”の勇名はドゥーチェにも轟いている。曰く城を一人で落とした、曰く瞬きの間に部隊を全滅させられていた、誇張もあるのだろうが、快進撃を止めんと挑んだあるいは送られた数多の名だたる兵たちが打ち破られているという事実がその力を雄弁に物語っている。おまけにその中でも最強と謳われる”白月”が迫っているのだ。


「?」


 そんな暗い思案にふけっていたヨシュアを引き戻したのは、袖を引っ張り上目でこちらを伺うイヴの姿だった。歳に加え、垂れ気味の眉と大きな瞳によって一層幼い印象を受ける。


「大丈夫です」

「え?」

「隊長さんはイヴが守ってあげます。イヴは強いのです」

「は、”天帝”のお嬢様には無理さ!」

「わっ」


 カーシャがそう言って、ヨシュアの首を腕で巻き込み自分に引き寄せた。まるで自分のものであるとでも言うような誇示だった。決して小柄でないヨシュアだが、カーシャと並ぶと子供のようである。


「心配しなさんな、あたしのそばにいれば安全だよ隊長!」

「そこまで~」

「⁉」

「『ヨットーロ』は~ウドの大木が大嫌い~」


 カーシャの首元にナイフが光っていた、ジャニの仕業である。背負われるように預けた蜘蛛のような細い体は、その外見に反して脆弱さを少しも感じさせない禍々しさがあった。とりわけ、本来喜劇用である『ヨットーロ』の仮面が異質感を高めている。


「それはあたしのことかい⁉ ”道化”⁉」

「他にいる~?」

「お、喧嘩だ喧嘩だ」

「わわわ、だ、ダメですよ!」


 スガワが愛刀に手をかけ、愛くるしい顔で愉快そうに笑う。刈り込んだ短髪と動きやすい服装は一見すると彼女を少年にも見せているが、それでもどこにでもいそうな極々普通の容姿である。それだけに、鈍く光る刀身が凄みを増していた。

 場を納めようと声を張り上げるトゥーコも一筋縄ではいかない、手はいつでも2丁拳銃を抜けるように直ぐそばに添えられているし、眼鏡越しの目は油断なくこの場の全員の挙動を捉えていた。


「”天帝の御遣い”‼」


 一声と閃光の後、イヴだった少女は面影を残しつつも妖艶な美女に姿を変えていた。白と金の豊かなローブに身を包んだ体は淡く光を放ち、神々しくさえあった。


「隊長さんを離すのです”アランドラ”」

「なあ、斬っていいか? いいよな?」

「力づくかい? いい度胸さね!」

「だ、誰かきてくださ~い!」

「あ、ほくろ~」


 ヨシュアが一喝すればこの場は収まっただろう。だが、当の本人はカーシャに抱きすくめられ過ぎたせいで失神状態にあった。白目を向いて涎を垂らし、夢の中で懐かしの故郷へ里帰り。カーシャ、スガワ、イヴ、トゥーコは興奮して気づいておらず、ジャニは身を乗り出して鼻をつまんだり耳を引っ張り遊ぶ始末だった。





 一触即発の睨み合いの中、帰還した偵察組がその惨状を見てまた一騒動が起き、ヨシュアが目覚めてどうにかそれを止めた時には真夜中だった。おまけに村人及び捕虜から夜遅くに五月蠅いと苦情が来て、ヨシュアはそれを謝罪しに行く羽目にもなった。どうであれ名目上は責任者だ。


「あたしは明日早いんだよ! わかってんのかい⁉ 大体馬小屋の柵直してくれるって言ってちっともやってくれないじゃないか、最近抜け毛もひどいし爪がボロボロだし。あんた、随分マリーには親切らしいけどね、あいつは昔畑泥棒したことあるんだよ」

「す、すいません」


 罵倒から、愚痴へ、そして何の関係もない世間話へと編纂していく老人の言葉を聞きながら、ヨシュアはこれが後何件残っているのあろうと睡魔に襲われる頭で絶望した。

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