第4話 楽園にいるべき愚か者

 ヨシュア率いる『特殺隊』の拠点は、国境近くの『ゴル村』という老人ばかりの小村であった。補給は現地調達、増援はなし、逃走及び本部命令不履行の反逆は”令印”で処分、連合軍に『ゴル村』を突破されても処分、それが彼らに課せられた任務、いや刑罰だった。

 か細い『ゴル村』は、迫りくる戦火と味方のはずの軍からの略奪に晒されこの世の地獄を―


「ここここ、橋のここなんだがね」

「あ~、支柱が腐ってる。切り出しからしなきゃだめだなこりゃ」


「あのな、馬が足引きずっててな」

「わかったわかった、見てやるって。あ~もう」


 味わってはいなかった。

 ドゥーチェ上層部がどれだけ重視しようとも、連合軍にとって『ゴル村』は心臓に向かう無数の血管の一つ。通りにくいのなら、他の血管を使うだけだった。元より勝敗は決している、何やら手間取っている村一つなど後回しにすればいい。

 よって『特殺隊』が狙うのは、何も知らず迷い込んだか野営をしている連合部隊が殆どだった。限られた兵士を相手取るなら、彼女らにとっては児戯に等しい。元より抜きんでた力を持ってすれば物資を調達するのもお手の物、『ゴル村』を含め、下手をすれば滞りがちな配給で暮らす首都住民よりもよほど良い暮らしを送っていた。

 村人たちも強かである。どうせ先は長くない、戦争ならば幼いころから慣れている。気にするだけ時間の無駄と、久々のご馳走に舌鼓を打ちつつヨシュアと『特殺隊』をこき使い村の修繕に勤しんでいた。


「まったく、便利屋じゃないんだぞ」


 ヨシュアはぼやく。村の修繕よりも、作戦会議の方がよほど大事だ。だが、『ゴル村』が出身地と似通っていたのが運の尽き、ついついヨシュアは仕事を請け負ってしまっていた。ヨシュアの生まれ育った村、というよりも集落は文字通りヨシュアしか子供がいなかった。他は大人と老人のみ、みんなの子供として教えを受け、成長すれば村の細々をしなければならなかったのだ。


「正しいことを、いつでもしろ」


 ふと、父の言葉が脳裏に蘇った。父は貧しい耕作人であったが、ヨシュアを不自由なく育てた。無口で厳しい父親で、昨今珍しい正義感の持ち主でもあった。ヨシュアはそれを尊敬し倣い、いずれ父のような男になりたいと願い育った。

 そして、国家危機の徴兵という名の強制連行で連れていかれた軍でその信念は試されることになる。敗色濃厚の軍に規律などありはしない、味方からの略奪、虐殺、暴行、背信、ならず者との違いは軍服を着ているかいないかだけだった。立派信念のもと戦友ばかりか上官にも異議を唱え、修正と営倉の常連となった哀れな市民兵が最前線送りになるのに時間はかからなかった。


「隊長、お水です…」

「お、ありがとう…この表面のは?」

「あ、いつの間に…はいどうぞ」

「いや、表面掬ったからっていいってもんじゃ……虫が浮いてるんだぞ虫が?」


 スミの差し出した水に文句をつけつつも、ヨシュアはそれを飲み干した。スミが善意でくれていることはわかっていたからだ、断れば彼女は傷つくだろう。




 ヨシュアが漸く教会に足を向けたのは、日が傾きかけたころだった。律儀に馬を見舞い、床ずれで炎症を起こしていたので結局スミに手伝ってもらいながら治療する羽目になったのだ。病気で気の立っている暴れ馬を制するのは一苦労、蟲による麻酔がなければもっと手間取っていただろう。


「ごめんな、つき合わせちゃって」

「いいんですよ隊長さん……」


 教会に向かって歩きながらヨシュアが労うと、スミは頬を赤らめながら恥じらうように俯く。蟲を纏っているのことに眼を瞑れば、そのまま絵になるような美しい姿だった。



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