第2話 ドゥーチェの黄昏

 賢人曰く「戦争の全ては、金の奪い合いにその端を発する」。『シャソワール大戦』のきっかけも例外ではなかった。


 ”シャソワール地方”を形成する一国家ドゥーチェ。それまでは然程の名も出ない、『ただそこにいるだけ』の地味な立ち位置にあったそれは、戦争賠償に端を発する、絶望的な経済危機を契機に歴史に表舞台に躍り出ることになる。

 『シャソワール大戦』の前日譚ともいえる『ボロイヤ戦争』に敗北したドゥーチェは、隣国ソイボンの支配下に置かれた。賠償金と称して、金銀貴金属はもちろん、美術品や食糧、人間までも徴収し、飢え死に寸前の子供たちに僅かのパンを放り酒の余興にする傍若無人を繰り返すソイボン軍に、抵抗組織が結成されるまで時間はかからなかった。

 “救世主”サー・ローグエン。7年にも及ぶ長き抵抗の末、ついにソイボン軍を国内から追い出した彼とその仲間は、国内統治に関しても有能だった。日進月歩で立ち直っていき、ついにはソイボンを追い抜く経済成長を見せた国家と、日に日に豊かになっていく生活に国民は熱狂した。そして、彼らが囁く耳に心地よい、”優性たるドゥーチェ人”を信じるのにさして抵抗はなかった。

 

 優性人種たる我らこそが、世界を統べるに相応しい。


 長い抑圧の反動と万能感、優性人種と見なされている者にとっては何よりも納得いく理屈の甘言に、皆が飛びついた。手始めにソイボンに宣戦を布告、一月で占領に成功すると、千年帝国の建立を合言葉に周辺国に統治下に入るように要求。拒む各国に侵攻し『シャソワール大戦』が勃発した。

 ソイボンのみで終えていれば、ドゥーチェの悲劇は起こりえなかったと後の歴史学者は言う。開戦の理由は、有力説から眉唾まで星の数ほどの説が唱えられてきたが、根底にはひとつの真理が横たえていた。


 衣食足りれば、名誉欲が鎌首をもたげる。


 一時はソイボン含め、5つの周辺国の大半を占領したドゥーチェ軍だが、広がりすぎた戦線は補給を困難にしていた。それに加え、”優性たるドゥーチェ人”による傲慢な支配は現地の反発を招き、密かに手を組んだ各国抵抗軍により戦線は分断され各個撃破される憂き目を見た。皮肉にもそれは、かつてソイボンに味あわされ、打ち砕いたものと寸分も変わらなかった。


 5国連合軍により既に本国国境は突破され、首都に敵兵が迫っていた。ここに至って最早手段は選んでいられない、女子供、はては敵国捕虜まで動けるものは皆駆り出され無意味に命を散らしていった。

 囚人たちも例外ではない。彼らは、徴兵された市民兵のさらに下層に位置する”命令に従う義務”だけがある兵だった。訓練も装備もなく戦線に送り込まれ、徒に囮に捨て石にされ死んでいった。中には本来微々たる罪のものも、冤罪のものも多く含まれていた。それが過ちであると歴史に刻まれるまでには、長い長い時間を要した。

 その中で、最後まで生き残った一隊があった。第427小隊、通称『特殺隊』と呼ばれる異能の集団である。


『特殺隊』の面々は総勢10名。全員が死刑を宣告され、執行を猶予されている状態の犯罪者集団である。各々の思惑こそあれ彼女たちが命令に従っているのは、肉体のいずこかに刻まれた”令印(ルーラー)”のためだ。

 魔力を込めて練りこまれたそれには、術者の設定した命令に反すると肉体を蝕む作用がある。要は首輪、自由に発動できる遠隔操作の爆弾であった。元々、囚人に労働をさせる際に逃亡を防ぐために作られた経緯を考えれば、何ら不思議ではない。まして戦争中である。問題なのは、”令印”を発動し管理維持するのに熟練の魔術師が必要であるというところにあった。通常なら、一人の魔術師で10人は管理できる、だが『特殺隊』のそれは一人につき5人、なんと総勢50もの魔術師が動員されているのだ。

 当然各々が戦地で腕を振るうべき凄腕の魔術師であり、彼らを”令印”維持のためだけに縛っておくのは明らかに常軌を逸している。現に彼らを欠いたために防衛線に綻びを生じ、国境を突破される始末。狂気の沙汰だ。

 同時にそれは、『特殺隊』の面々がそれほど恐れられていることの証でもあった。例え国境を越えられようと、『特殺隊』を縛り寝返らせないことの方が重要。平時であれば、鼻で笑われることすらない愚策だ。極限状態に陥った首脳陣の、錯乱した思考がこの相反する二つの決定を押し通していた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る