第十話 別れ

 数日ぶりの、そしてこの世界では初めての野宿の硬い地面の上などではない、柔らかく寝心地のいいベッドでの上での睡眠で一度も起きることなく気持ちよくぐっすりと眠っていたのだが、昨晩スマホのアラームをセットしていた六時半となり、枕元にスマホが光と共に現れて、けたたましいアラームが鳴りだした。


「ん~、もうそんな時間か~、スマホ、スマホっと」


 気だるく重い瞼を開けることもせずに、音を頼りにスマホを探しアラームを止め、『さてもうひと眠り』と言うわけにもいかず、ベッドから起きて身支度を済ませた。


「さてと、レイのやつは二日酔いでダウンなんてしてないだろうな?」


 なんて独り言をつぶやき、部屋のカギを閉め、昨晩のこともあったのでレイの様子を見に行くことにした。


「おーい、レイ。起きてるか~?」


 俺がレイの部屋の扉をノックして呼びかけると、中から何やらがたごとと物音がしていた。ややしばらくして、俺がレイはまだ寝てるかもしれないから一人で朝食を食べに行こうかと思い歩き出したとき、おもむろに扉が開いた。


「……おはよ……どうぞ」


 そう言われて部屋の中に入ってみると、ローブ姿に顔が見えない程に目深にフードを被った女。といったいつものレイの姿がそこにあり、口調も以前のものに戻っているようだった。


 あれ~? またフード被って、また無口キャラに逆戻りだ。なんか昨日のレイは俺の夢だったかのように思えてしまうな。


「おはようレイ、ところで昨晩の事は覚えてるのか? それに具合の方はどうだ?」

「う、うん。……お、覚えてる……よ? ……ちょっと……まだ頭……痛い……かな?」

「そうか、一応回復魔法かけとこうか? それに、朝食の方は食べれそうか?」

「……やった…………食べる」

 

 あー、えーと、この『やった』は自分で回復魔法使ったって事で、『食べる』は朝食を食べるってことでいいんだよな? なんか以前よりさらに理解しづらい喋り方になっちゃってるな~、ここまでくると通訳が必要になるようなレベルだぞ。


 なんで喋り方が戻った(戻ったと言うより酷くなってるんだが)のか聞くと、人間の俺が怖いからじゃなくて、昨晩の事が恥ずかしくて上手く話せないし顔なんて見せられないと言う、なんともまぁかわいらしい理由だった。

 そしてレイと一緒に受付に行ってカギを返し、どこで朝食を食べようかと話し合っていたとき(レイは無口だから俺が独り言言ってるみたいになってたけど)、ハイルが宿にやってきた。


「あ、よかった。お二人ともまだいましたね。っと、おはようございます」

「ああ、おはよう。どうしたんだハイルそんなに慌てて……って、慌ててるのはいつもの事か。で、なんかあったのか?」

「…………?」


 レイ……なんか喋れよな。


「リン君、『慌ててるのはいつもの事』って言うのはどういうことかな? って、まぁそれはとりあえずいいとして。僕がここに来たのは――」

 ハイルの話では、朝食を食べるのに近くの食堂にみんな集まっていたのだが、この宿に泊まっていた他の黒翼のメンバーは来ていたのにレイだけが来ていなかったのでハイルが迎えに来たと言う事だった。

「――で、僕がここにいるんです」

「レイに伝え忘れてたのか?」

「いえ、レイさんにも一応は伝えていたはずなんですが、リーダーが『昨晩レイのやつは大分酔っていやがったから覚えてねぇかもしれねぇ、ハイルお前ちょっと行って……おお、そうだ! ついでにリンのやつも一緒に呼んで来い』ということで僕が迎えに来たんですよ」

「ん、俺も一緒でいいの?」


 リーダーが決めた事だから構わないということで、ハイルの案内されて『霧の雲海亭』と言う大きな食堂についた。中には黒翼バルデス商会といった旅を共にした面々がすでに食事始めていた。


「お、来たか二人とも。で、レイのやつはやっぱり覚えてなかったのか? へへへっ、なら俺の勝ちだな!」


 どうやら仲間とレイが覚えていたかを賭けていたようだった。


「きたわね、料理は適当に頼んでおいたからね」


 みんなはどんなものを食べてるのかと、近くにいたガイラルを見てみると――なんと! お茶漬けを食べていた。

 俺は、似てるだけでもしかしたらお茶漬けではないかも知れないと思って聞いてみると、どうやら昔の落ち人が作って広めた料理で『オッチャ・ズッケ』と言うふざけた名前で二日酔いの朝には最高だと言う事だった。

 さらにその落ち人は米・醤油・味噌・みりんさらにはマヨネーズなんかも広めていたらしく、テーブルに並んでいた料理もその落ち人が広めた料理があり、味噌汁や漬物なんかも並んでいた。俺はその料理を見て、この異世界での食生活に希望を抱き、昔の落ち人にそっと感謝の祈りを捧げた。


 まさか異世界で和食が食えるとは、昔の落ち人に多大なる感謝をしなければならないな!


 この朝食が終わればみんなはホラブ出発し、ここでお別れと言う事もあって色々と話し騒がしくも楽しい朝食の時間を過ごした。

 楽しい朝食を終え、次の町へ出発する商隊を見送りに北門まで行き、みんなと握手をしたり、言葉を交わしたりして別れを惜しんだ。


「リン君。短い間だったけど楽しかったよ。またね」

「リン! 縁があったらまた会おうぜ」

「それじゃぁね、リン。なんかあったらバルデス商会を頼りなさいね」

「…………また……ね……」

「短い間でしたが、お世話になりました。道中お気をつけて……」


 俺は今までの事を思い出しながら商隊の姿が見えなくなるまで見送っていた。


 行っちまったな…………思えばたった数日しか一緒にいなかったんだよな……なんか、もうずっと一緒に旅してた仲間ような気になってたな。


 北門から広場へ移動しベンチに座って休んでいると、みんなと別れた事で心にポッカリ穴があいたような喪失感と孤独感を感じてきたので、目を閉じて心を落ち着け、いつまでも感傷に浸っている場合じゃないと自分を鼓舞し、これからの事を考えることにした。


 さて、これからどうするかなんだが……あんまりよく考えてなかったんだよな。まず一つ一つ考えてみるか。


  一つ、生活費だけど、お金はスマホに結構あるから問題ないはずだ。

  一つ、どう生活していくか、せっかく冒険者になったんだから無理のない程度に依頼をこなしていくのがいいかな?

  一つ、この世界の事を俺はあまり知らない、常識さえ良く分かって無いから、体験しながら覚えていくしかないな。

  一つ、俺はスマホがなければ並以下、スマホがなくても自分の身をある程度守れる強さは欲しいから身体でも鍛えるか。

  一つ、当面はこの町を中心に活動する。どのくらいこの町にいるかな? いつまでいるにせよ活動拠点として、宿か借家がいるな。

  一つ、いつかこの町を旅立つ、一人旅の自信がつくか、旅に出る仲間ができるまではこの町にいることになるな。


 ま、こんな感じでこの町で暮らしていくとして、とりあえず今日はギルドで依頼をやる気にもなれないし、ともかく町でも見て回るか。


 軽く町を散策しつつ改めてホラブの町並みを見ると、道路は石畳が敷かれていて、建物は基本的に石造りで中世ヨーロッパといったゲームやラノベによくある雰囲気だった。

 冒険者になったことだし町民服のままと言うのもどうかと思い、装備を整えようと商店街で色々と買い揃えることにした。


 武器は、扱い方が分からなかったり、重かったりしたので、手頃なサバイバルナイフの様な短剣とそれをしまうケースを選んだ。

 防具は、鉄製はどれも重いものばかりだったので、軽くて動きやすそうな革鎧一式(鎧・籠手・レガース)・革ブーツ・革帽子を選んだ。

 他には、短剣を吊り下げることのできる腰ベルト(ポーチ付き)・スマホ用のグローブなんてなかったので、指ぬきグローブ・ちょっと大き目の革のリュック・革のサイフ・着替えの服・タオルなどを買い、スマホの倉庫アプリを開いて入れておいた。


 ん~、こんなもんでいいのかな~? 他に何か買うものなかったかな? ま~急いで買わなければいけないような物もないだろうし、思い出した時に買いにくればいいな。

 それにしても、バルデス商会のコインのおかげで結構割り引いて貰えたな。


 買い物をした合計の金額は、247,800ギリクだったが割り引かれて、173,460ギリク、となり、俺はあえて支払いを金貨2枚にして釣りはいくら帰ってくるのかを見て貨幣の単位を見ることにした。帰ってきた釣りは大銀貨2枚、銀貨6枚、大銅貨5枚、銅貨4枚だった。


 成程、通貨はギリクで、それぞれ10枚で上の硬貨になるってことみたいだな。それにしても、まだまだ所持金に余裕はあるけど、この先何があるかも分からないしあまり無駄遣いしないようにしないとな。てか、よく考えたら今まではシャルディアが全部払ってくれてたから、これがこの世界での初めての買い物になってたんだな。


 そんな事を思いながらふと空を見上げると、もうだいぶ日も高くなっっていたのでスマホを出して今は何時かを確認すると12時を過ぎていたのでどこかで昼食を食べようと、いろいろ見て回ったのだがどの店がいいかよく分からなかったので、結局朝の『霧の雲海亭』へと行くことにした。

 『霧の雲海亭』では異世界っぽい物を食べようかとも思ったのだが、ランチメニューに醤油ラーメンセット銀貨1枚というのがあったのでそれを注文してみた。

 異世界のラーメンは独特味がする事も無く、ちぢれ麺に鶏ガラ醤油味のスープ、上に乗ってるのは小さめのメンマ数本、きざみねぎ、のり1枚、チャーシュー1枚、半切り煮卵という本当に見た目も味も唯々普通のザ・しょうゆラーメンだった。


 う~ん、普通に美味いんだけど、異世界に来た感が一気に薄れていくな。どっか家の近くの食堂でラーメン食べてる感じになってしまう。

 それにしても、こっちの世界の人たちの味覚って俺とそんな変わらんのかな?


 そんな感じで何とも言えない昼食を終え代金を払い『霧の雲海亭』を出た。

 買い物も大体終わったし、昼食も食べた終わったしこの後はどうしようかとぼーっと町を歩いていたのだが、まだ日も高いし、時間もあるから冒険者ギルドに行って依頼の受け方と依頼にどんなものかあるかだけでも見に行くことにした。



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