第六話 初めての町

 出発する前に、今日は予定より早く出発するから午前中には確実にホラブの町に着くであろうという事をガイラルから聞いていた。


 やっと町につくんだな~、そう言えば、こっちの世界にきてから二日しかたってないんだよな……今朝の盗賊騒ぎもあってか、この商隊でずっと一緒に旅していたように錯覚してしまうな。


 道中の荷馬車の中には俺の他にレイとハイル、さらに今朝盗賊一緒に戦った三人も一緒に乗っていた。

「いや~それにしてもレイの魔法はもちろんの事、リンの魔法も凄かったな」

「そうでやすね、あんなの見た事もねぇでやすよ」

「あんな鉄の塊が爆発する魔法なんて聞いた事もねぇや」


 あれ? この三人の名前ってなんだっけ?


「あの~、三人の名前って……なんだっけ?」

「おいおい、今更だな。ちゃんと名乗ったはずだぜ……まぁいい、俺の名はスコットだ。忘れんなよ」

「俺っちは、ネイランっす」

「ったくよ、今度こそ覚えやがれよ! おらぁ、ベイルだ」


 うん! そんな名前は全く聞いた覚えがない! 戦いに集中しすぎて聞き逃してたかな~?


 その後は、御者台をやってる商人に馬車での馬の扱い方なんかを教えて貰ったり、スコットが馬の扱いが上手いと言うので乗り方を教えて貰ったり、隠れてスマホから金貨などを少し取り出してズボンのポケットに入れておくなどしてホラブの町までの道中を過ごした。

 レイは相変わらず無口で俺から話しを振らない限りは一言も発する事が無かった。と言うか、レイが誰かと話してるのをほとんど見た事が無かった。 

 道中には魔物との戦闘なんかもあったが、これと言って強敵が出るという事もなく、俺も戦闘にはだいぶ慣れて来ていたので苦戦もせずにあっさりと倒すことができた。


 もう戦闘であれこれ考えずに体を動かせるようになって来たな。魔法とか具現化なんかも、一々イメージをするために考え込まなくても自然な感じでイメージできるようになったしな。

 それに、見た目は動物にしか見えない魔物にもためらいなく攻撃できるようになって来たし、人を殺してもあまり気にならなくなっても来てるし、俺がこの世界に馴染んで来たって事なのかもな。


 そうこうしている内に、昼前にはホラブの町門の近くに着くことができ、これでやっと町に行けるのかと思っていたら町門の前には行列ができていた。

「ふ~、やっと着いたか」

「今日は空いてる方ね」

 ガイラルは町を目の前にしてほっと一息つき、シャルディアは門の列を見て列が少ないと言っていたが、俺からすれば長蛇の列とまではいわないが、十分な行列ができているように見えた。

「お嬢、露店を出しますか?」

「そうね、少し出しましょうか」

「へい」

 何事かと見て、ハイルにあれは何をやってるんだと詳しく聞くと、シャルディアが商人たちに指示を出して行列の人たち相手に商売するために露店を出すのだと言う事だった。

 ついでだと、門の事についても色々聞いてみた。


 町の規模にもよるが入り口には門があり、魔物や賊なんかが侵入しない様に警備をしている。また、町によっては入町税や関税を取るような町もある。門は24時間態勢で警備されていて、基本的に日の出から日没までしか門は開いてないなく、夜になって到着すると入れないのが普通。たとえ長蛇の列ができても、貴族や王族と言った身分の高い人物、もしくは関係者は優先的に入れてもらえる。今回のように行列待ちの人を相手に商売をする商人なんかがいる。ちなみに、このホラブには東西南北四つの門があり、今いるのは西門だと言う事だった。


 門の順番が来るまでは、俺も行列に商品を売る売り子の手伝いで荷運びなんかしていたが、昼食を食べ終わったころになってやっとシャルディアの商隊の順番がやてきた。

 皆スムーズに門を潜って行ったのだが、俺の番になって流れが止まった。いや、俺が止めてしまったというべきかな?

「なにをやってる。早く身分証を提示しろ」

 鉄鎧に日除けコートと槍で武装した厳つい門の衛兵に、そう言われて俺はどう答えていいものかと思っていた。

 当然の事だが、この世界での身分証など持っていない、まさかスマホを見せても通してはくれないだろうし、どうしたものかと思っていると、隣でハイルがしまったという顔をして、俺に謝って来ていた。


 こいつ、さっきの門の説明でこの事を言い忘れていやがったんだな。さて、何と答えるかだな……。


 俺が迷っていると、衛兵が俺の事を不審人物でも見る様な目に変わり、心なしか槍を持つ手に力がこもっているようにも見えた。

 そんな様子に何事かあったのかと、門の内側にいた他の衛兵たちも集まってきた。

「おいどうした。後ろがつかえてるんだから、早くしろ! もしや、貴様は身分証を持っていないのか? 怪しいな」

「えーと、その、実は……」


 やべ、どもっちまった。余計怪しまれそうだな……仕方ない。


 素直に持っていないと、自分は落ち人だと言おうと俺が口を開きかけた所で、先に町に入っていたシャルディアが騒ぎを聞きつけて駆けつけてきてくれた。


「やぁやぁ、悪かったわね、リンの事をすっかり忘れていたわ。衛兵さん、こいつは怪しいやつじゃないわよ」

「む、そうは言ってもな……やっぱり怪しいやつを簡単に町に入れるわけにはいかんな」

 シャルディアの言葉にも兵士はその程度ではまだ納得をしてはくれなかった。

「なんなら私たち『バルデス商会』が身元保証人になってもいいわよ?」

 そう言って、シャルディアは首から下げていたペンダントを衛兵に見せた。

「な、なにー! バルデス商会だと! た、確かにその紋章はバルデス商会の……だ、だがしかし、何の身分証も持っていないのだから、いくらバルデス商会が保証しようと、きちんと入町税だけは払って貰うぞ」

 バルデス商会の名が出て、シャルディアのペンダントの紋章を見たとたん兵士の態度が変わり、俺は入町税さえ払えば入れることになったようだ。


 ま、スマホにかなりの金額が入っているんだし、入町税がいくらか知らないけど払えないような額じゃあるまい、それにしても町の門を守る衛兵が驚くほどとは、バルデス商会と言うのはそんなにすごい商会なのか?


「分かりました。払うのはいいんだけど、入町税っていくらなんですか?」

「身元不明なら調査の上で問題なしとなった場合に6,000ギリクなんだが、バルデス商会が身元保証してくれるというんだから3,000ギリクでいい」


 ん? ギルク、いやギリクか。それって通貨の単位かな? 良く分からないから金貨を一枚出してみるか。


 ズボンのポケットに手を入れとりあえず金貨を出そうとすると、シャルディアが割って入ってきた。

「あ、ちょっと待って~。その入町税は商隊の方でまとめて払います」

「え、シャルデァさん。そんな、悪いですよ、ん」

 俺の口に人差し指を当て、いたずらっぽい笑顔でウィンクして「いいからいいから」と言ってきたその顔を見て、俺は思わずドキッとして何も言えず固まってしまった。

 俺が固まっていると、シャルディアは俺の耳元で「だってリンはお金持ってないでしょ?」と小声で言ってた来た。


 あ、そうか……俺が金持ってたら今度はシャルディアたちに怪しまれちゃうな。


 結局シャルディアに入町税を払って貰い、いよいよこの世界での初めての町の中に入る事となった。と言うより、シャルディアに入れて貰ったと言った方が正しいな。

 門を抜けた先の町の中は、結構活気があって明るい雰囲気だった。そして俺の目の前をネコミミを付けた上半身裸(裸と言っても体の所々に黄色と黒の斑な体毛が生えてたが)のガチムチの男が通り過ぎて行ったのを見て、俺は膝から崩れ落ちた。 


 くっ、密かに獣人を見るの楽しみにしてたのに、初めに目にしたのがあんなガチムチの男とか…なんか一気に生きてく気力がなくなってきた。もう死のう。


「リン、なにこんなとこでうずくまってるのよ、おいてくわよ?」

「いや、ちょっと獣人が、ヌコミミガチムチ男が……」

「ああ、落ち人たちは獣人を見た事ない事が多いらしいからね、リンも驚いちゃったの? それにしてもなんで……」

「いや、驚いたというか、精神に大ダメージ食らったというか、ガチムチの男にネコミミって言うのは、とにかくダメだろ!」

「まったく、リンは……今更獣人なんて……はっ!」

 シャルディアがはっとなって振り向くと、いつの間にか後ろにレイがいた。

「……シャルディア……もう行く」

「そ、そうね。リン、早く行くわよ! ほらほら」

 なんだか急にシャルディアが慌てだして、俺の襟ぐりを掴んで無理やり引っ張って、と言うか引きずって歩き出した。

「ちょ、ちょっと! 息が苦しいから、自分で歩くから引きずらないでくれー!」


 シャルディアは見かけによらず力が強いな。てか、レイのやつ、なんか雰囲気が違う気がするんだよな……気のせいか? てか、それどころじゃねぇ!


「シャルディアさん。止めて、息苦しい、引きずらないでー、周りの視線が痛いから止めてくれー! てか、レイも見てないで止めろよ!」

 シャルディアに引きずられてる俺を町の人たちは距離を取り、ひそひそと何やら話して可哀想なでも見るような哀れみ目で俺だけを見てきていた。

 レイはと言うと、いつの間にか距離を取って他人のふりをしてやがった。何とも薄情な奴だ。

 その後、盗賊たちを衛兵の詰所へ引き渡しに行っていたガイラルたちが戻った所で、やっとシャルディアは手を放してくれて、これでやっと女に地面を引きずられるという身体的にも精神的にもダメージのある状態からやっと解放されたが、俺は地面に手をついた四つん這いの状態で固まり、すでに泣きそうだった。

「おら、ばかやってないでギルドに行くぞ!」

「盗賊討伐依頼が出ていたらしくて、さらに盗賊のリーダーには手配書も出ていたみたいなので、その報奨金を貰いにこれから冒険者ギルドに行くんですよ」

「………ぷっ」

 俺の頭をぽんと一つ叩いてガイラルが言った言葉に、すかさずハイルが詳細説明をしてきた。いつの間にか側にいたレイはもちろん無言だった。と、思っていたら違うようだった。


 あれ? レイのやつ、無言かと思ったら下向いて笑ってやがる。なんだ、俺が引きずらてていた姿がそんなに面白かったのか? レイの俺への態度がどんどん悪くなってきてる気がするな、俺……なんかレイに嫌われるような事したかな? それにしてもリュースに会ってからと言うもの、会う女にことごとく酷い目にあわされたり、嫌われたりと碌な目にあって無いこと多くないかな? まさか……あの女神、俺に女難の呪いでもかけたんじゃないだろうな?


 それでも、シャルディアのおかげで町にも入れたのだから悪い事ばかりでもないかと思いつつ、冒険者ギルドへと向かい歩いていった。

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