ぼくのジュリー
彼女を視たのは大学の庭園に日が当たる頃。
頭に大きなリボンと煌びやかなドレスをした人だと一目は思った。
次に、大胆な動作でドレスの裾を持ち上げたとき、違う考えを抱いた。
ムラがある木目の連なりの模様が地面に突き刺さり、辺りに土の塊を飛ばす。
彼女の周りの地面は一瞬で湿り気を失いヒビ割れた。
俗に言う外国人で、それも珍しい植物人間だ。
それが樹理の、ジュリーとの出会いだった。
それから彼女は地べたに座り、光の向きに忠実に身体の角度を揃えた。
リボンだと思っていたのは双葉で、くるくるとねじれている。
植物といっても少し似ているだけで、便宜上そう呼ばれているだけなのかもしれない。
「こんにちは」
彼女はオジギを僕に向けて挨拶をした。
僕は、ただ初めて視る一連の動きに感嘆して反応できず、一時して慌てて落ちていた事に気づかなかったノートや荷物を拾った。
「楽しいヒトですね。ごはんにしませんか」
骨格が表れ難いような、しなる腕でドレスからランチボックスを取り出してみせた。
よく見るとドレスではなく、顔と地続きのグラデーションからか、素肌であるのが判った。
好奇の眼で視るのはよくないなと考えるも、素直に従った。
「サンドウィッチです。味の加減はどうです」
僕はズボンが土に塗れても、ランチボックスから取り出されるものたちを食べ続けていた。
全体的に不揃いで油が濃く、なぜかクセが多いタイプの岩塩ばかり使われている。
味はわるくないが僕の身体にはキツいものがあるかな、それが君の好みや健康志向に沿うなら問題ない。
「やっぱり、そうですね。見まねで作ってみたんですが、わたしもそうかな」
僕の俗な感想に対して、彼女は髪で覆われた目線が判らない顔で言う。
初めての外国人に、しかも人種間の違いにも言及して、少し非礼があったかなと自省する。
ぼこぼこぼこ。
そんな僕の自己をはね飛ばすように、彼女は根をはね上げながら立ち上がった。
ドレスに木目が収納されていき、たった今にして彼女が服というものを着ていないことに気付く。
「ありがとうございます。明日も来るので、雨でなければ、また」
足が土を掘り起こしていきながら、彼女は去っていく。
周囲に人がいたけれど、そんなのは意識に入っていかなかった。
それから毎日、庭園がぬかるみにならない限りは、ピクニックな日々が続いた。
パンや肉やサラダ、さじ加減が調整されていく。
彼女が持っていくのは気が引けるので、実家から送られた梅酒やマーマレードを持っていった。
食い合わせというのもあったが、彼女の名前を知ると気にしなくなった。
「妹がたくさんいるの。みんな同じ名なのよ」
故郷の思い出を話すとジュリーは頭の双葉がぐるぐるとねじれていく。
そこでは個人の名前自体が家名みたいなものと一緒くたにされるらしい。
困らないのかと疑問を差し挟もうとして、嬉しそうな顔を視て何も言わなかった。
それにジュリーは同じ通う学生でもなく、ただ日当たりの好い場所を探してここに居着いてしまっただけなのだった。
一緒に会っていて、なぜか一番これがどの出来事より驚いた。
その後に起こることが、すんなり受け入れてしまえたのは、ここから僕が変わっていった地点かもしれない。
住んでいる家は分からなかったが、待ち合わせを告げるとジュリーにはどこにでも会えた。
よく僕らは植物園や自然公園に出かけた。
飾られる花々は時期ごとに品目が変わっていく。
出費の少ない穏やかな散策だったが、ときに情熱的だった。
園内を一周すると、ジュリーは火照って出来上がってしまう。
全身から蒸気を伴い、それこそ本当に火照ってしまうのだ。
「いっぱいのおちんちんに取り込まれるような、そんなきもちになるの」と、ジュリーは言った。
花は生殖器だ。
多種多様に姿を変えて、臨機応変に咲き残っていく。
彼女たちにはより身近な存在に思えてならないのだろう。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。
蔦のように四肢が伸び僕をがんじがらめにして、二人だけの結界を張り巡らす。
「この子たちが視ているから、すこしはずかしいね」
今なら彼女の表情のすべてが分かる。
僕らに眼球は無い。
鋭敏な根が熱を感じて、双葉が風を測り、ドレスが回りだす。
「あなたもわたしもジュリー。これからは、そう呼びましょう」
どれがジュリーか僕がジュリーか判別がつかない。
でも、このままでいい。
このままがいい。
ぎゃりゃっっぎゅりりりりりぃぃぃいいいっっ。
ビニールハウスを突き破り、空中で影が絡み合う。
熱帯夜に仕舞われた花のもつれあい。
「君は、ジュリー」
あなたもわたしも。
ジュリー。
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