お姉ちゃん語りて
「毎日、世界中のみんなが夢精してる。 地球が回って夜明けを迎える順番に、どんどん夢精していくの。この間にもショタっ子が次々と夢精している。この星は夢精に満ち溢れているんだよ」
朝だった。
お姉ちゃんはカーテンを引きながら、そう言った。
少しまばゆい光が、起きたての眼に馴染んでいく。
「どうしてそんなこと、話してるの」
舞っているホコリが綿毛みたいに、ふわふわ揺れている。
ブゥウウン。ゥウウウン。
やはり音がする。
「だって、男の子は夢精するでしょう。それで、太陽がぐるぐる巡ると波のように、点呼の確認も出来ないほどに夢精していく。勃起に置き換えてもいいよ」
窓から昨日と変わらない町並みが視える。
でも、少しづつ変わっていくのかもしれない。
お姉ちゃんが何かに影響されたりして思いつきで語ってくるように。
お姉ちゃんは通っている中学の制服を既に着て、ぼくは布団に潜ったまま。
「マコトは、夢精……してる?」
ぼくは首を横に振る。
どういう発想に至って言葉を口にしているんだろう。
お姉ちゃんは、ぼくの布団の端を握り三回ほど振った。
微粒な空気の流れ。
ぱたぱた。
「勃ってもいないし、残念だなぁ」
本当に伏し目がちに残念な顔をしている。
こういう奇行には抗体があるから、驚きようもない。
そもそもどうして夢精なんだろう。
「ぼくは夢の内容すら思い出せないけど」
夢精をするにも然るべき中身があって条件が整うと考えて、同じ次元の思考を危ぶんだ。
「わたしは視たよっ。まぶたの裏に投影された夢を」
膝をついたまま、こちらに身を乗り出してきた。丈が短いスカートが揺れる。
『まぶたの裏に投影された夢』という表現は、三十秒ぐらい考えて分かる範囲だと思った。
眠るときに眼を閉じても眼球は休みなく『まぶたの裏』を視ているままで完全な闇じゃなく、そこに映写機は投影している。
「宇宙を漂うような、神経細胞が連なったかんじの星々にわたしは浮遊してた。そこで地球を拝んだの。インターネットの地図検索で人工衛星から地表を撮った画像を徐々に拡大したみたいに近づいていって、倍速で回転する地球から芽吹く生命の輝きが、光が点滅する様子が確認できた」
近い。いつの間にか顔をお姉ちゃんと密着させていた。
爛々と燃える瞳に興奮が収まりきっていない。
何か、言葉を探してみる。
「神視点ってやつだね」
なんとなく発想の糸口は見つけられた。
どういう道を辿ったのかわからないが、根本はそこらしい。
お姉ちゃんは立ち上がり、とろけた表情をした。
「わたしが男の子だったら射精してたなぁ」
両手を下腹部に当てて、そんなことを言う。
ぼくは反応に困ったが視ないふりをして俯いた。
「まあ、ご飯にしよう。しようね。ふふ」
やたら笑顔で台所に行き料理を始める。
自作の鼻歌を鳴らして、フライパンで卵とニラを炒めた。
ぼくは朝ごはんを食べながらテレビを点けると、地元の漁師が白魚の稚魚を放流する映像が出た。
お姉ちゃんが両の掌を顎に合わせ、向かい側の食卓で言う。
「精子みたいだね」
虚を突かれて、むせる。
お姉ちゃんは水晶の眼を閉じて、脳にある石に高負荷をかける音を出し始めた。
ブゥウウウン。ブブブウウゥウウゥゥウン。
また何かを考えたのだろうか、お姉ちゃんは笑う。
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