第3話 社畜


 〜とある晴れた平日昼間の公園にて〜

 俺は営業の仕事が予定より早めに終わったので、公園のベンチに腰掛けて休憩していた。元々休憩なんて存在しないのだから少しくらいはこうやってサボってもいいだろう。どうせ会社に帰っても他人の仕事を投げられるだけだし。

 周りには子供達が遊んでるのを遠くから井戸端会議をしながら見守る主婦達や、犬の散歩をする女性、杖をついて散歩する老人がいる。

 俺は持っていた缶コーヒーのタブを開けて一気に半分くらい飲む。それから何となく周りの会話に耳を傾けた。

「生き埋めにしてやる」

「なんだお前ぶっ殺すぞ!」

 砂場で遊んでいた子供達が平気でそんな事を口走っている。だがそれを横目で見ている母親達は注意しようともしない。

「世も末だな・・・」

 ボソリとそう呟いた。今の親は言葉遣いを注意する事すらできないのか。俺が小さい頃はよく「言葉遣いがなってない」と両親に怒られてたぞ。子供の教育も甘くなったもんだ。

 時々、こんなくだらない世の中で生きていて何の意味があるのだろうと思うことがある。今の俺には支える人も支えてくれる人もいない。唯一の肉親だった父親も1ヶ月ほど前に癌でこの世を去った。

 母親は俺が小さい頃にあった銀行襲撃事件に巻き込まれて死んでいる。銃弾が当たり、目の前で崩れ落ちる母の姿。あの忌まわしい記憶は生涯消える事はないだろう。

 あれはおかしな事件だった。強盗のリーダー格の男は強盗の途中で狂って敵味方問わず無差別に発砲し、強盗団のほとんどのメンバーと俺の母親を射殺した。そしてその事件の数日後、俺を含む事件の当事者は全員警察に呼び出され事情聴取を受けたのだが、その証言が皆ばらばらで警察は困惑した。強盗団のリーダー格の男は全員殺してしまったと証言したし、グループの唯一の生き残りである男は人質は全員助かったと証言したらしい。まるで時空が歪んで別々の空間を見せていたかのようだ。

 しかしそれらの証言は事実ではない。俺の母は死んでしまったし、他の人質とされていた人達は助かった、これが真実だ。結局、事件は解決することはなくお蔵入りとなってしまった。当時は怪奇な事件として話題になったが、今となっては誰もその事件を口にしない。

 皆は忘れてしまったようだが、俺は今でも母親を殺した犯人を恨んでいる。そいつがシャバに出てきたら、いつか復讐してやろうと考えた事もあった。

 しかしどうやら犯人の男は事件の数ヶ月後、刑務所内で舌をかんで自殺したらしく、たちまち俺の恨みは行きどころを失った。

「あぁ〜やってらんねぇ・・・」

 缶コーヒーを飲み終え、近くにあったゴミ箱に放り投げる。缶はゴミ箱の角に当たり地面に落下した。

「おに〜さん。何してるの?」

「ん?」

 声のした方角を見るとネコのような耳を生やし、豹柄の服を着たアニメキャラのような女の子が立っていた。

(最近の猫耳はよく出来てるな)

 そんな事を考えつつ俺は近くに人がいないことを確かめてから少女に尋ねた。

「お兄さんって俺のことか?」

「そうだよ〜」

 俺はもう20代とは思えないような草臥(くたび)れた顔をしているが、まぁお兄さんと言えばそうか。

「何だ?」

 怪しい風貌の女の子にそう、短く返事をする。

「おに〜さん。なんか辛そうだったから」

 辛そうも何も実際辛いんだが。だが全く知らない女の子に心配かけるわけにはいかない。

「あぁ。何ともないよ」

 俺はそう言ってベンチから立ち上がった。

「まだ昔の事で悩んでるの?」

「昔の事?」

「そう、18年前にあなたのおか〜さんが死んじゃった時のこと」

「!?」

 なんだこの少女は。いや、見た目もそうだが何故俺の過去を知っているんだ。

「私もその場にいたから知ってるんだよ」

「お前が?あの場に?」

 そんなはずはない。あれは18年前の出来事だ。こんな中学生くらいの女の子がいたあの場に居合わせていた?そんなわけないだろう。

 でもさっき確かに俺の母が死んでしまった時の事と口にした。どういうことだ?

「そう。そもそも私があの人達を集めたんだからね」

「冗談だろ。どうやって集めたんだよ」

「フレンズの技だよ」

「はぁ!?」

 少女のちんぷんかんぷんな受け答えに、思わず苛立って大きな声を出してしまった。ダメだ、落ち着け。相手は幼い少女だぞ。

「今、あなた以外の人に私は見えていない。これもフレンズの力」

 なんだこれは。世間で中二病と呼ばれている部類のやつだろうか。変な子供に絡まれてしまった。早くこの場をさらなければ。

 俺はベンチから立ち上がると体を公園の入り口に向けたのだが、そこで足を止める。猫耳少女が目の前を横切ったからだ。彼女はわざと俺の目の前を横切ってから砂場で遊んでいる子供達の近くまで走っていき謎の踊りを始めた。

 しかし子供達は猫耳の奇妙な女の子を見ようともしない。ずっと話し込んでいる母親達も相変わらず横目で見チラチラ自分の子供を見るだけで、彼女の姿を確認できてないようだった。

 しばらくすると少女は踊るのをやめて俺の近くまで戻ってきた。

「これで信じて貰えるかな?」

「あぁ。まだ完全には信じられないが少しはな」

 えぇ〜とガッカリする少女を見ながら考える。

 待てよ。もしこの子の言ってる事が本当だったとしたら。今まで気になっていた事件の全貌が明らかになるかもしれない。俺は声のトーンを落とし呟くように尋ねた。

「なら聞くがフレンズの力とあの事件を起こしたお前の目的を教えてくれよ」

「フレンズの技を使ってセルリアン達を倒すのが私の目的だよ。この前もフレンズの技がなんなのかは・・・う〜ん分かんないや」

「セルリアン?何だそれ」

「私達の敵だよ〜。悪い事をするやつらなんだ。だから私が倒したの」

 悪い事をするやつ。それすなわち犯罪者の事だろうか。

「お前の目的は断罪か?なら何故俺の母は殺されたんだ」

「だんざい?」

「あぁ。断罪は悪いことをした人を懲らしめること・・・かな」

「なるほど〜」

 少女は納得したように何度か頷いた。

「で?どうなんだ?なんで俺の母は死んだんだ」

「それはあなたのおか〜さんもセルリアンだったからだよ」

「!?」

 彼女の言葉に俺は目を見開いて驚いた。

 しかし、続く言葉が出てこず、しばらく立ち尽くしていた。

「なら」

 ようやく振り絞った声も酷く掠れている。

「俺の母も犯罪者だったって事か?」

「はんざいしゃって言葉はあんまり分かんないけど、悪い事をしていたことは確かだよ」

「一体何をしたんだ?」

 俺の知る限りでは母は怪しい行動を見せたことは一度もない。いや、別に少女の言葉を全面的に信用するわけじゃないが、一応聞いてみた。

「あなたのおか〜さんはね、人間を殺しているんだよ」

「えっ・・・」

 俺は再び言葉を失ってしまった。母が?一体いつ?どこで?何の為に?

「あの事件が起こるちょっと前の話だよ。夜にあなたの家の近くでなんか別れるとか別れないとか言い争ってた男の人を持ってた尖ったもので刺したんだ。そしてそれからその人を地面に埋めて何もなかったことにしようとしたの」

 俺の考えてる事を見抜いているかのように先回りして、彼女はそう答えた。

「不倫の末に殺害か・・・」

 サスペンスなどでよくあるシチュエーションだが、まさか身の回りで起きてるとは予想しなかった。父は知っていたのだろうか。

「あなたのおとおさんは何も知らないよ。だから私も、あそこに集めてない。あの場所に呼ばれた人は皆何かしらの悪いことをした人達なんだよ。まさか何もしてないあなたも付いてくるとは思わなかったけどね」

 あの時の記憶はうっすらとだが残っている。確か買い物にいくと言った母に、連れて行って欲しいごねたのだ。今思えばあまり欲の無かった自分にしては珍しい出来事だった。

「本当は悪いことをした人達を驚かすだけのつもりだったんだけどね。でもあなたのおか〜さんはあなたを見捨てて逃げようとした。だから私も彼女を見捨てたんだ」

 確かにあの日、俺の母は俺を残して1人で逃げようとした。そしてその時に被弾した。

 彼女は俺の周りを歩きながら話を続けた。

「まあそんな人でも、私の後ろに隠れてたら守ってあげられたんだけどね。フレンズの技が届く範囲から出ちゃったからから私も守れなかった」

 今聞いた事を踏まえて考えると、俺の母が死んだのは自業自得なのかもしれない。でも、だ。

「じゃあ、そもそもお前がそんな計画を実行に移さなければ、俺の母さんは死ななかったということだな」

 周りの目を気にすることなく、俺は少女に詰問した。

「そう・・・だね」

 少女は憂う表情を浮かべていた。悪いことをしたとは思ってるらしい。

「俺は多分近いうちに死ぬから、もう母を殺した云々は正直、どうでもいい」

 その言葉に驚いた様子で彼女はこちらに顔を向けた。

「でも、もう断罪で人を殺すようなことは2度としないと約束してくれ。俺はそういうのがあまり好きじゃないんだ」

 断罪なんてネットではしょっちゅうある事だ。何かをしでかした一般人を晒し上げ社会的に抹殺する。例えそれが犯罪じゃなかったとしても。

 それが正しいのか間違っているのか、俺には分からない。でもそのやり方はどうしても好きになれない。

「それに過ちを犯した人を裁くのは警察や裁判所の仕事だ。お前がやるようなことじゃない」

「けいさつ?さいばんしょ」

 それらは聴き馴染みのない言葉なのか少女は首を傾げている。

「悪いことをした人間、つまりお前の言うセルリアンにお仕置きをする人達だ」

「へぇ〜そうなんだ〜。でも、もしそのけいさつやさいばんしょが悪いことをした人間を見つけられなかった時はどうするの?」

「その時はその時だ。このままでは、もっとそのセルリアンの断罪に巻き込まれる人達が増える可能性があるだろ。もうそんな悲劇が起こるのはごめんだ」

「あなたは良い人間のフレンズなんだね」

「はっ。良い人間だったら、もう既に家庭を作ってそこで生活してるさ」

 両手を横に広げ、とぼけるようなポーズをする。

 でもそこでようやく周りの人間達がこちらに奇異の視線を向けてる事に気がついた。そらそうだ。周りの人間からしたら俺は一人喋りしてる危ない人なのだから。

 警察を呼ばれては困るので俺は再び口元に手を当て声のボリュームを下げた。

「とにかく。もうこんな事をするのはやめろ」

 改めてそう切り出した。

「分かった。そうするよ」

 割とすんなり彼女は俺の頼みを承諾した。

「でも一つだけ条件がある」

「なんだ?」

 条件とはなんだろうか。

「それはあなたがこれからもこの世界で生きていく事。あなたがちゃんと人生を投げ出さずに生きてくれるなら私はこういう事を一切辞める。でもそれが出来ないなら、これからも続けていく」

 なるほど。俺の人生を人質にしてきたか。今日にでも自殺しようと考えていた俺は悩む。数分くらい考えた後。

「そう言われたら簡単に死ねないよなぁ〜・・・」

 たとえ俺が死んだ後でも俺のせいで誰か他の人が死んでしまうのは心苦しい。仕方ない、ここはもう少し生きて様子を見ることにしよう。

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サーバルちゃんと奇妙な物語 桜人 @Directortoshi

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