第2話 詐欺
〜都内某所のオフィスにて。~
「もしもし?かぁ〜ちゃん?俺だよ。キヨシだよ。今ちょっと金に困ってるんだけど助けてくれない?そうそう100万あれば足りるから。今から言う番号の口座に振り込んで。あぁうん、ありがとう!じゃあ、元気でな」そう言い終えると俺は受話器を置いた。
両手を前に伸ばし大きな口を開けて「ふぁ〜・・・」と欠伸をする。ここ最近はずっと働き詰めで若干、寝不足気味だ。
チラリと、デスクの脇に置いてある立てかけのカレンダーを見やると指で日にちをなぞり、連続出勤日数を数えた。
どうやらもう2ヶ月近く休んでないらしい。連続出勤に加えて長時間労働してたらそりゃ疲れるわな。
デスクの引き出しから大きめのファイルを取り出すとページをめくっていく。そこにはたくさんの人の住所や電話番号、家族構成などの個人情報が載ってあった。ここから一人暮らしのお年寄りの家を選んで電話をし、お金を騙し取る、それが俺の仕事だ。
悪い事をしてお金を稼ぐ上に、毎日極度の疲労感に襲われる。生まれ変わったら絶対にこんな仕事には就きたくないな。再び受話器を取りながらそんな事を考えていた。
俺は昔、大病の妹の手術費用を稼ぐために、ある銀行強盗のグループに属していたことがあった。それはもう今から十数年前の話だ。時間があればコツコツ稼いでいたかったのだが、妹は日に日に衰弱していたからそんな余裕はなかった。短時間でたくさんのお金を稼ぎたかったのだ。強盗で稼いだお金で妹が助かって、そんで俺は自首してハッピーエンドになるはずだった。はずだったのに・・・。
いつも通り銀行に押し入ったある日。強盗の最中にその組織のリーダーが突然発狂しだして、そこら中に銃を乱射し始めるという謎の事件が起こったのだ。
彼の様子を見るに何か幻覚を見ていて、それに怯えている様子だった。なんか女の子がどうのこうのとか言ってた気がするが詳しくは覚えてない。
俺はリーダーが放った銃弾を受けて、かなりの重症を負ったものの奇跡的に一命を取り留めた。しかし強盗自体は失敗に終わり、俺は退院すると同時に警察にパクられた。客や銀行員は何か不思議な力に守られて助かったらしいが、俺以外のメンバーは全員リーダーに銃殺されてしまったらしい。そしてそのリーダーも1度は捕まった際には正気を取り戻したのだが、獄中でまた発狂して最後は舌を噛んで死んてしまった、と獄中生活の中で誰かから聞いた。すなわちあの強盗団の中で生きているのは俺だけという事だ。
何故あの時、俺も殺してくれなかったのだろうか。そうしてくれれば楽になれたのに。
ムショから出た俺を待っていたのは、地獄のような生活だった。
前科持ちということでどこの会社にも雇って貰えず、無収入だった為にしばらくはホームレス生活をしていた。
そこら辺に生えている草や木の実を食べたり、酷い時はゴミを漁ったりもした。
そんなクソみたいな人間が、どうしてそんなクソみたいな生活をしてまで今日まで生きたのか。それは妹の存在があったからだ。
ムショから出てしばらく経った今も彼女が生きているのか死んでしまったのかは分からない。せめてその安否を確認してから死にたかったのだ。
そんな折、手を差し伸べてくれたのが今の会社だ。
いつもの河川敷で昼寝してた、ある昼下がり。突然スーツ姿の男に起こされて「高収入の仕事があるからやらないか?」と誘われた。
俺は喜んでその仕事を受けた。結果それはまた犯罪組織でキツイ仕事だったのだが、ちゃんと暮らせるだけの金は稼げている。だからこの仕事を受けたという自分の選択は後悔していない。
そこまで考えたところで気を取り戻し、電話機のボタンをプッシュする。
いかんいかん!仕事をしなければ。
昔の回想に浸っている場合ではなかった。
ボタンを押し終わると受話器を耳に当てる。一回、二回、三回目のコールで電話が繋がった。
「あっ、もしもし?」
いつもの少し明るめのトーンで喋り出す。嗄(しわが)れたお年寄りの声が返ってくるのだと思ったが・・・。
「な〜に〜?」
予想とは違い返ってきたのは少女の声だった。もう一度ファイルを見直す。おかしいな。ここの家は数年前に事故で家族を失って拠り所のないおばあさんの一人暮らしだったはずなのだが・・・。
「誰だ、お前は」
「私はサーバルだよ。」
「サーバル?」
外国人の親戚かだろうか。とりあえず話を合わせてみよう。
「あぁお前か。あのな、おばあちゃんに一つ伝言してほしいことがあるんだが」
「あなたはまだそんなことをしてるんだね」
何言ってんだこいつ。まだって一体何のことだ。
「ガッカリだよ。あなたは変われると思ってたのに」
このサーバルという名の少女は何を言っているのだろうか。思わず声に力がこもる。
「何のことだ」
「あなた、昔も悪いことしてたでしょ」
彼女の言葉に心臓が縮み上がった。彼女はなんで俺の過去を知っているんだ?いや、そんなはずはない。これは何かのイタズラだ。
「何のことだかさっぱり分からないんだが」
「どうやら反省してないみたいだね〜。ならもういいや〜」
俺は彼女を不気味に感じて電話を切ろうとしたのだが、切る事ができなかった。体が動かない。何か見えない力で拘束されているような感覚だ。
次の瞬間、魔法の呪文のようなものが通話口の向こうから聞こえてきた。
「みゃんみゃんみゃんみゃんみんみ〜」
何を言ってるのかさっぱり分からない。
でも何となく分かった事が一つだけある。彼女は昔、強盗の際にリーダーが見ていた幻覚の少女なのだろう。
となると俺はリーダーみたいに、とち狂って死んでしまうのだろうか。
そこまで考えたところでプツリと意識が途絶えた。
〜とあるオフィスにて、続き〜
よく分からん男だった。
確かに河川敷で寝ている彼を見つけて、うちの会社に引き入れたのはこの俺だ。勤務態度も真面目で今日の今日までとくに変わったところはなかった。
そんな彼が急にドアを突き破って転落死するなんて、誰が予想できただろうか。
それが原因で会社に立ち入り調査が入り現在、多数の警官が社内を捜索している。その光景を見てあぁこの会社も終わったな。そう悟った。
彼が飛び降りてから急いで証拠隠滅を図ったが、まだ隠しきれてないし、ちょっと探せばいくらでも出てくるだろう。うちの会社が悪事を働いていたという証拠が。
となったら俺も逮捕されるんだろうな。近くの窓ガラスに写る中年体型の自分の姿を眺めながら呑気にもそんなことを考えていた。
でも動くなと警官から言われているから下手に動けないし、やる事がないのだから仕方ない。
俺にできるのはせいぜいこれから訪れるであろう出来事や、彼が狂ってしまった原因を想像するだけだ。
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