打ち上げ

 笑い声で、目が覚めた。

 最初に目に入ったのは、天井の木目だった。そして感じるのは、生温かい空気。そして再度耳を打つ、遠慮ない――馬鹿騒ぎ。

「ギャハハハハハ! おいお前ら、なんで大人しそうにしてやがるんだ? いっつも大騒ぎして俺を困らせやがるくせに……オラ、飲め飲め飲め飲め! オラ枝穂! お前から飲め!」

「先生? わたくしたちは、まだ学生の身なんですが?」

「ぐびぐびぐびぐび……ぷぁっ」

「あ、センセー。紗姫が未成年のくせにショーチュー一気なんてしてますよー」

「おしっ、よくやった紗姫! 土井、お前もチクリなんてしてねーで飲めこのクソガキめ! 紗姫、次この熱燗いけ! んで先生に酌しろこの青髪不良娘め!」

「……………………セクハラ」

「出たツンデレ! お前青じゃなく金髪だったらよかったのになぁ!! んでツインテール、もちろんチビっ娘な!」

「い、池田くん落ちついて。あと、酎ハイでもぼくたちは飲んじゃダメだよ?」

「まぁまぁ先生。子供たちはそれくらいで許してあげて、わたしと一緒に飲みましょう」

「お! 芳武先生じゃないですか! そんな【究武】と謳われたあなたが私ごとき若輩者に先生なんて、よしてくださいよ。ギャハハハハハ!」

 仁摩はそれを見て、ボソリと。

「…………なんだ、これは」

「お。目が覚めたか仁摩」

 それに声を掛けたのは、隣で壁に背をもたれて文庫本を読んでいた、正信だった。

「正信……これは、いったいなんだ?」

「――まぁ、飲み会っつーか、宴会だな。打ち上げといってもいい」

 正信は文庫本から視線をあげない。周りの喧騒などどこ吹く風といった感じだ。気になり、表紙を見てみると――漫画絵が描かれていた。

「……漫画か、これは?」

「ラノベ」

 パタン、と本を閉じ、正信は仁摩の方を向く。

「お前が、お前の兄きをメッタ打ちにしたあとさ。お前、気絶してたんだよ。んで、兄きの方も意識失ってて、そのまま病院に直行したんだ。その時オレも兄き――オレのほうの、芳武の方な。オレたち二人も、一緒に診てもらってな。んで、オレはわき腹、お前は胸の方のアバラ骨折に間違いないってさ。まぁ、オレは一本で普通に、お前は四本で複雑骨折だったけどな。オレの兄きの方は、額の裂傷に鼻の打撲と腹筋の一部断裂。んでお前の兄きの方は――なかなか、重傷だってさ。その場で入院。しばらくは、話も出来ないだろうって」

「…………」

 それに仁摩は、沈黙で応えた。なにもいうことはない。あの場では、あの選択肢以外は、ありえなかった。

「で。オレとお前はコルセットで固定して、しばらくは絶対安静だって」

「…………待て」

 そこまで聞き、仁摩は視線を向こうへとむけた。そこでは芳武が、

「イヤァ……せんせぃ、飲めるじゃなひですかぁ? やりますね、この【究武】相手にその猛者ぶり、たらものではないといふかぁ?」

 かっぱかっぱ飲んで、へべれけになっていた。それに設楽が同じくヘラヘラ笑いながら、肩を組んでいる。単なる酔っ払い以外の何者でもない。

「ふつう、そういう場合酒気厳禁だと思うのだが?」

「あー……うん、先生はそういってたな。だからオレも席を離れてこうしてラノベ読んでんだけど……まぁ、あの人はオレたちみたいなパンピーとは、違うから」

「ぱんぴー……? まぁいずれにしても、だ。怪我人の、あまつさえ未成年者をこのようなところに連れてくる心とは? 北嶺や古池など、酒を勧められているではないか?」

「いやまぁ……その辺は、オレからは……」

 両腕を頭の後ろに回し、正信は呟く。それに倣い、仁摩も壁に背中を預け、酒の席の様子を見つめた。

 設楽と芳武が楽しそうに馬鹿笑いし絡んでくるのを、枝穂がやんわり紗姫は露骨にあしらっている。そのテーブルの反対側では池田がつまみをつまみながら島本くん相手にウンチクを語り、それを島本くんがつまみを貪りながら対応している。ちなみに土井はひたすら食に邁進していた。

 それらバラバラの行動の集団にだがただ一つ、共通していることがあった。

 みんな、楽しそうだった。

 楽しそうに、笑っていた(約一名――紗姫を除き)。酒を飲んでいるというのはいただけなかったが、それでもその雰囲気に、仁摩は惹かれるものがあった。

「楽しそうだな、正信……」

 なんてことない感想を呟いたつもりだったのに――正信は凄い勢いで、凄い顔で振り向いた。

「…………なんだ? 正信」

「いや………………ちょっと、衝撃的な台詞を聞いたから。少し、言葉を失くしてみたり」

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