対武器

『きゃーきゃーきゃーっ……ハァハァハァ、っと、すいません、少し熱くなって、本分を忘れておりました。では続いて、紗姫ちゃんにやられる運命の対戦相手、折尾巳亜(おりお みあ)選手、どーぞー』

『いや、いくらなんでもひいきし過ぎじゃね?』

 設楽の言葉に、もっともだと島本くんが頷く。その手には映画を見る時の定番といえるポップコーンがあった。ぽりぽり食ってる、さすがは授業外時間、好き勝手やってる。

 対戦相手の折尾巳亜が、壇上に上がる。白と赤の袴をまとい、額にはハチマキが巻かれた黒髪の、生粋の大和撫子を思わせる背の高い彼女の手には、長い得物が握られていた。

「折尾巳亜……薙刀部主将、か」

 土井が呟く。そう、巳亜が持つのは、薙刀。槍のような長い柄の先に、反りのある刀身を装着した武具。主に女性を中心とした武器術ともいわれている。

「ふっ、偶然にも女同士、武器同士の戦いだな。絵的にもなかなか燃え、萌える展開だな」

 池田がニヤリと仁摩の笑い方をパクる笑みを浮かべた。正信はそれに、

「……そうかぁ? 相手はなんか萌えるってか凛々しそうだし、紗姫はツンツンしてて、とても萌えキャラって感じじゃないっていうか……」

「恵まれてるやつはわかんねぇなぁ」

 ふたたび池田はニヤリと笑った。正信はその笑みの意味がわからないこともなかったが、ツンデレ属性はなかったので肯定する気も起きなかった。だいたいあの姫さま、デレたとこ見たことないし。

「では、開始です」

 なにはともあれ、試合は始まった。

「――――やっ!」

 気合いと共に、巳亜が打ち込んだ。真っ直ぐに、袈裟――紗姫の首筋を、狙う。

 それを、紗姫の空手着の胸元から取り出されたトンファーが、手元で半回転してカンっ、と弾き飛ばした。

 間合いは、一試合目と同様に一間(3メートル)。だが巳亜の持つ薙刀は、それで既に間合いに入る大型のものだった。両手で握るそれは、210センチに及んでいる。対する紗姫は、両手に長さ45センチのトンファーを、腕に平行となる形で持っている。

 間合いの差は、明らかだった。これは圧倒的な不利といえる。それに背も、巳亜の方が10センチは高い。

 それでもなお、紗姫は優雅に悠然と、間合いを詰めていく。

 まるで、散歩にでもいくかのように。

「舐めないでくれますか? 北嶺紗姫……さんっ!」

 それに触発されたように、巳亜が薙刀を振るう。弧を描き、斜めにぶんぶんと振り回す。遠心力で勢いがついたそれが、紗姫の涼しげな横顔を、狙う。

 そちらを見ずに、垂らした手を上げただけで――その腕にあるトンファーが回転し、薙刀の一撃を、弾く。

「――――やっ!」

 さらに薙刀を回し、反対側から再度顔を狙う。ふたたび紗姫は腕をあげ、トンファーで弾く。その間も歩は止めない。巳亜は後退しながら、薙刀を振り回す。互いの行動は変わらない。場内にカンっ、カンっ、という乾いた音が響き渡る。

 攻めているのは巳亜だが、押しているのはどちらなのか、一目瞭然だった。

「くっ……はぁっ!!」

 追い詰められ本気になったのか、巳亜の薙刀の回転力が、増した。上から斜めから真横から、あらゆる角度から紗姫の頭、顔、首、肩、腕、わき腹を薙ぎ、狙う。

「――――フンっ」

 一つ、面白くなさそうに息を吐き――紗姫の両手が、閃いた。

 くるくると手の上で回転しながら、縦横無尽にトンファーが紗姫の周りを舞う。それはまるで、敵機の爆撃を迎撃するレーザー光線のように。

「――それで、おしまい?」

 巳亜の眼前に迫り、紗姫は口の端を吊り上げた。余裕綽々の体(てい)。相手を蹂躙し、自分が脚光を浴びるさまに、酔っている。

 対する巳亜は、体が引けていた。もうその足は壇上の端にかかっている。一歩でも下がれば、落ちる。まさしく崖っぷちだった。

「どうしたの? 紗姫が――怖いの?」

 無邪気な笑みで、紗姫は詰め寄る。両手にトンファーを持ち、だらりと下げている。まるで無防備に近い状態なのに、ほぼ無敵状態に近いというのは反則じみたものがあると思う。

「…………やっ!」

 ふたたび巳亜は、紗姫の右アゴを狙った。先ほどまでの焼き増し。紗姫はキャハハと笑い声まであげて、それを左手のトンファーで弾こうとした。

 その切っ先が、変化した。

 顔に向いていたそれが、角度をつけ――紗姫の左の、太腿に。

「足薙ぎ!」

 それを見て、正信は思わず身を乗り出していた。思い出した。薙刀の、最大の特長。それは他の武器には見られない、長い刀身による、足元への斬りつけがある点だった。

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