素人だな

 そして、急角度をつけ――マットの上に、叩きつけられる。背中からまともに落ち、派手な音が響く。

「…………」

 だが、仁摩は受身を取り、ダメージを軽減させていた。表情のない瞳で、森を下から見つめている。

「や、やめです。双方離れて、立ってから再び始めてください」

『…………』

 審判である徹平の言葉に、お互い牽制しながら離れ、立ち上がる。そして再び一間の間合いをとって、相、対する。

 首をこきこきと鳴らし、仁摩が呟く。

「ふむ……悪くないな、柔の真髄とやら。なかなかの衝撃に、首のコリが取れたようだ。……だが、二度はもうない」

 森が右手を左の肩に乗せ、腕をぐるぐると回す。

「ふっ……受身をとった人間が、どう首にダメージを受けるというのだ? 今度は逃がさぬよう、しっかり頭から落としてやろう」

「ぞ、続行です」

 二人のやり取りに挟まれて、おっかなびっくり徹平が試合を促した。

 その言葉に仁摩が、先に動く。

「それは反則だろう? そんな真似、一つの団体の長たる者がすべきでないな」

 それに森も呼応して、間合いを詰める。

「お前のような獣が、説教か? 似合わないな。獣は獣らしく――」

 掴み、

「俺が、しつけてやろう!」

 ブンッ、と大きく森の腕が振られる。一本背負い。森の一番の得意技にして、必殺技だった。これにより全国にいったこともある。しかも交流戦のおりにはアレンジを加え、頭から落としてよりダメージを深くする危険な技だった。まともに食えば、一撃で終わる。

 しかし振り切られた森の手にあったのは、学校指定のカッターシャツだった。

「なっ――――」

「教えてやろう、柔道家よ……」

 耳元で囁かれる言葉と共に、無防備な首に、その腕がかかる。

 安芸谷もやられたという、チョークスリーパー。

「ぐっ!?」

「……死合い中に敵に背を向けるという、意味をなァ」

 まるで、蛇のようだった。なまじ無駄な筋肉がついていないしなやかな腕ゆえ、アゴにひっかかることもなく首の奥までしっかりと食い込んでいる。しかも服を放棄しているため袖もなく、捕らえるところが何もない。

「っ……ぐ、ぎ……っ!」

「くく……苦しいか? こういう技も、柔道にはあるのだろう? 確か名称は、裸絞め。抜け出す術は、知らないのか?」

 もはやその言葉は森には届いていなかった。頚動脈を正確に絞められ、血が脳にいかなくなり、思考することが困難になりつつあった。じたばたと足掻く動きももはや風前の灯。そもそも柔道では道着を脱ぐ行為を認めておらず、そして立った状態から裸絞めを狙う行為もまずありえず、結果対処法もなかった。

 ふっ、と戒めが解かれる。

 突然のそれに、森は前方に二、三歩たたらを踏んだ。思いっきり息を吸い込む。しばらくの間断絶されていたため、大きくむせた。深呼吸を繰り返すと、思考がクリアになってきた。

 なぜ? 最初にその疑問が頭に浮かんだ。思わず振り返る。

「素人だな」

 そこには獣の笑顔があり――同時に襲ってきた真下からの衝撃に、森の意識は、弾き飛ばされた。


 一回戦、第二試合。

『えー、先ほどは失礼いたしました……では、次の試合に参ります。北嶺紗姫ちゃん、いっちゃってー!』

 おぉいっ!? どんだけ私情入れてんだアナウンサー!? 正信は思わず心の中でツッコミを入れた。

 ほぼ同時に大声援が、会場を蹂躙した。

『紗姫さま――――――――――――――――ッ!!』

 耳が割れんばかりの声の重奏。それも仁摩の時と違い、野次やからかいなどなく慕う声の一つにまとまっている。

「おいおい……この声援、仁摩を上回ってるぞ」

 池田が周りを見回し頬を引きつらせる。それは、ここに集まってるほとんど全員が声を出してるんじゃないかと思わせた。それも仁摩の時みたいに男子だけかというとそうでもなく、女子からの声援も熱い。

 どんだけ人気あったんだ、紗姫……

 壇上へと送った正信の視線の先に立つ紗姫は、道場で着る空手着に身を包んでいた。白いシンプルな戦衣装は、鮮烈なまでの白い肌と目を引く絶対零度の青い髪と、よく合っている。爆発的な声援を一手に受けてなお、涼しい顔で優雅になびく髪を、払っていた。

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