脛受け

 トンファーは、上にあげられている。もはや間に合わないだろう。たとえレプリカだとはいえ、あの硬い樫の木で作られた鋭い刃で叩きつけられれば、それこそ一撃で――

 がし、という手応えが、きた。

「…………あなた」

 最初に巳亜が、うめき声をあげた。みな、固唾を呑んで見守っている。注目の的である紗姫は、痛撃に痛がっている様子などなく――いつもの、涼しい顔だった。

 その薙刀が振り下ろされた先にある足は――膝があげられ、いわゆる空手でいう"脛受け"で、受けられていた。

「私の、薙刀を……」

「なんかー、勘違いしてない? 紗姫は別にトンファー術家なんじゃなく、空手家だもん。だから足元への攻撃なんて、へーき。この大会、レガース着用自由だもんね」

 てへ、なんて笑いを浮かべ――とたん会場中の主に男子から爆発的な歓声主(おも)に「紗・姫・たーんッ!!」的なものが巻き上がり――その上げられた腿から曲げられた膝が綺麗に伸び上がり、両手で得物を握っているためガラ空きの巳亜のこめかみを、叩いた。

 上段廻し蹴り。

「はっ…………」

 一声だけ息を漏らし、解けたハチマキを舞わせつつ、巳亜は静かに倒れた。

 先ほどの闘いと違いまったく泥臭さ、血なまぐささのない、華麗な勝利だった。

「わ――――っ!」「かっけ――――っ!」「さいこ――――っ!」「素敵――――っ!」「結婚してくれ――――っ!」

「うぉい!?」

 どさくさ紛れに飛び出したとんでもない発言にツッコミを入れつつ、正信は胸中複雑だった。

 道場の仲間が勝てたことは嬉しい。それは本音だった。だけど次の相手が仁摩だということが、素直に喜べない理由だった。

 壇上の紗姫を見上げた。いつもの調子で営業スマイルを振りまいていたが、こちらの視線に気づき、極悪の嘲り笑いを送ってくれた。ダメだ、なんか完璧に怒ってた。理由には……心当たりがありすぎて、逆にどれなのかわからない。

『紗姫ちゃん紗姫ちゃん紗姫ちゃん紗姫ちゃん超超超超、超素敵――――――――っ!! ほら、設楽せんせいも騒いで! ほらほら!!』

『お、お~……紗姫ー、よくやったー……』

 とりあえず、憂鬱だった。


 一回戦、第三試合。

 遂に、正信の試合の順番がキタ。

『さーて、みなさん先ほどの紗姫ちゃんの試合、お楽しみいただけたと思います。私もめっちゃくちゃ楽しみました! で、すっかり満足しちゃったと思いますので、次の紗姫ちゃんまでの二試合箸休みのつもりでのんびり流しちゃってくださいっ』

「おいおい、そりゃないだろこのゆとり……」

 池田がアナウンスの放送部にツッコミを入れた。正信も苦笑いを浮かべた。あの円とかいった子、いくらなんでも放送部としては私情入れすぎじゃないか?

「気にしない方がいいよ。リラックスリラックス」

 島本くんが、いつもの温和そうな笑顔で励ましてくれる。その手にいつもの食料はない。一応気を遣ってくれているらしい。

 それに応えながら、正信はガチガチと震えていた。

 試合。それも、学校を始め大量の顔見知りがいる中での。

 既に仁摩と紗姫は、一回戦を突破した。それも悠々と、圧倒的に。そんな中――自分だけ、負けられない。

 だけどこれは、正信にとって一年半ぶりの試合だった。最近はあまりに勝てないため、試合自体に対する恐怖が湧いていた。

 そんな正信の背中に、ぽん、と手が当てられる。

 振り返ると、そこには土井がいて――

「ビビんなよ、正信? ほら、あそこでお前の想い人が、見てんぜ?」

 その言葉に、正信は視線を動かした。

 どきんっ、と胸が跳ねた。

 枝穂ちゃんが――あの濡れ烏の髪を持ついつも読書しててでも人に対してすごく真摯で清楚可憐な大和撫子である彼女が、あの淡い笑顔を――こちらに、向けていた。

 しかも手を、振っていた。

 振り返す。さらに彼女の笑顔はほわんとなった。正信の頭もぽわんとなった。

 ふたたび土井に、肩を叩かれた。

「よし、いくか我らが希望の星?」

 自らの頬を、パンッと張った。目に土井がいう星が飛んだ。

「おうっ!!」

 気合いがみなぎった。

 世界は、LOVEで動いているっ!!


 対戦相手は、拳法部部長だった。名前は確か、志田とかいったか。あまり頭に入ってなかった。

 全神経を、視覚に集中。

 頭を丸めた男だった。背は自分と同等、体格も大差ない。はっきりいえば、一般人と大差ない。服装はいわゆる少林寺とかが着ているような前合わせの修行僧のような格好をしている。両手とも手刀を作っている。まるで、カンフー映画のようだ。

「では、お二人とも準備はよろしいですか? 始めです」

 緊張感のない言葉を耳に聞き――正信は、先に動いた。

 と思ったら、相手も同時に動いていた。間合いがそれこそ、あっという間に縮まる。

 一呼吸もしない間に、手が届く間合いになる。

 ヤベ!

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