下段と兄

学校のお祭りイベント

 やっぱ笑われるかなーと思ってたけど、ホントに笑われるとイラっときた。

「ぷ……アハハハハハ!」

 兄きの笑い方は容赦なかった。腹を抱え、体をくの字に折り、涙を流しながらバンバン床を叩いている。それに正信は、肩を落とす。

「あんま、笑い事じゃねぇぜ……ハァ、オレはなんであんな馬鹿な真似を……」

 正信は兄きが淵己式空手術の当主として経営している道場の中心で、その兄きと向き合っていた。周りには道場生がたむろっている。そのみなが、ニヤニヤと笑っていた。みな、正信の話を野次馬根性丸出しで盗み聞きしていたのだ。みな、そういう話が好きだった。

「そうかそうか、好きになった女の子のために、な……」

 芳武の言葉に、一斉にみな騒ぎ出す。

「そーかそーか、好きになった女の子のためにかぁ……」「そうなんだァ、好きになった女の子のためにねー……」「え、お父さん、それってどーゆーことー?」

「えぇいっ! 盗み聞くならもっと密やかにやれ!」

 叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように去っていく。一般部の津岡さんと女子部の大野ちゃんと少年部の伊志くん。噂話大好きの困ったトリオだった。

「まっ、お前らしいともいえるかもな。純粋な闘争本能とかじゃなく、好きな子のハートを掴みたいから……いいねぇ」

「青い春ですね……素敵です。どうですかァ? 芳武せんせーも、私と……」

「大野さんっ、今はオレの話っ!」

「きゃは」

 慌てて暴走妄想気味の女子道場生をおっぱらう。正信たちと同じ今年十七歳の現役女子高生だ。芳武にべったりで、隙あらば好感度アップを狙っている。

「まぁまぁ、落ち着け我が弟よ」

「落ち着いているよ! あぁ、そうだよ……ぶっちゃけ枝穂ちゃんのハートをゲットしたいから、力を貸してくれよ兄き!」

「そこまでぶっちゃけると、ある意味清々しくもありますな……」

 津田さんが今度は顔を出す。それに正信はガァ、と威嚇して追っ払う。今年四十三になるにも関わらず、若さ溢れる人だ。この人たちの相手をしてたら、話が進まない。

「だから落ち着けって。それで? その武道大会ってやつのルールはどうなってる?」

 芳武になだめられ、正信はなんとか息を整えて質問に答える。

「……学校での行事ってことで、顔面パンチとか肘とかはなし。だけど柔道とかに考慮して、掴んだり投げたりはありだってさ。手にはオープンハンドグローブを着用義務。足にはレガースの着用自由。倒れたら、立ち上がって再開。見た目にもわかりやすいように寝技はなしってとこ」

「ふん……なんか、ホント学校のお祭りイベントって感じだな。面白そうだな……うっらやましー」

「うらやましー? なにがなにがー? 伊志にもわかるー?」

 小1の伊志くんを笑顔で追っ払う。さすがに子供に力技は使えない。正信の憂鬱はますます増していた。それとは対照的に、芳武は真面目そうにアゴに手を当て、

「ふん……じゃあ、アレだ。お前の狙いは、下段で決まりだな」

 三人を追っ払うことに必死になってて話題の捕捉が疎かになってた正信は、その言葉を理解するのに少しの時間が必要だった。

「……げ、下段?」

 芳武は二カッ、と楽しげな笑みを浮かべる。

「おう、下段だ。それでお前を、あの獣に勝たせてやるよ」

「だ、だけどオレ……下段って、あんままともにやったことないんだけど?」

「それ言ったら、ほとんど全部そうだろ? だからお前の場合、どの技を選んでも一からの出発だ」

 言われ、正信は言葉をなくした。今までまともにやって、やれてこなかったことが、ここにきて出た。そうだ、今までの自分に信頼できる武器なんて、ないのだ。

 その正信の様子を確認し、芳武は説明を続ける。

「んで、だ。オレが分析するにあいつの戦い方は、中間距離から蹴りか大振りの鉤突き(フック)で牽制してからの、飛び込んでの下突き(アッパー)、掴んでからの膝、もしくは引き倒してのしかかってからの、突きの連打だ」

「! そ、そういえば……」

 思い出す。確かに中間距離は、あくまで接近戦もしくはタックルへの布石として使うことが多かった。っていうかそればっかりだった。

 ――と、いうことは。

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