オレと戦え!!

 正信の呼びかけに、仁摩は足を止め、振り返る。クラス中も沈黙する。それには他のクラスの連中も混じっている。それに向かって、正信は叫んでいた。

「お、オレと戦え!!」

『――――』

 静まり返る教室+廊下の人々。誰もみな、今の発言に耳を疑っていた。正信の意図を、掴みかねていた。

「ほ、本気かよ、正信……」

 池田が島本くんの大きい体の影から呟いた。それに野次馬の緊張の糸が、ぷつりと切れる。

「そ、そうだぜ……今その男がどんなことやったか、見てたはずだろ?」「だ、だけど……正信も、そういえばなんか武道やってるとか?」「あ、あたしも聞いたことある……なんか、空手だったっけ?」「そうそう、空手よ。なんかお兄さんが有名なんだとか」「やっぱ女子たちは知らねーな。尾木戸っていえば通なら知らないやつはいないんだぜ?」「そ、そうなんだ……じゃあ、やっちゃえ!」「そうだね……悪者、倒しちゃえ!」

 一気に沸き立つ教室。正信は頬を引きつらせながら、仲間のグループを顧みると、

「よっしゃ、いったれ! 尾木戸魂見せちゃれ!」

「燃え系展開のヒーローになれるチャンスだな」

「え、え、え? だ、だいじょうぶなの?」

 土井はお祭り騒ぎだった。池田は便乗していた。島本くんはオタオタしていた。いやまったく大丈夫じゃないよ。なんにせよ、助けてくれる人物はいなさそうだった。

「え、え~と……」

『やーれ! やーれ! やーれ! やーれ!』

 クラス中から『やれやれ!』コールが巻き起こる。それに押されるように、仁摩がこちらに対して正面を向く。

「……いいだろう。お前がその気になったというのは、いい傾向だからな」

 体が屈む。両手が下を向き、両脚が床を掴んだ。ヤバい、臨戦態勢になってる――正信は頭をフル回転させた。

 ちらっ、と視線を動かし――枝穂ちゃんを探した。その視線は仁摩に釘付けだった。口元が笑みの形にほころんでいる。このままでは人望も誇りも――恋も、失ってしまう。

「いくぞ……」

 仁摩が飛び掛る――直前に、正信は手のひらを前に出した。それに仁摩の動きが止まる。

「……何の真似だ?」

 さらに頭をフル回転。このように制止した、もっともらしい理由。辿り着いたのは――学園行事。

「――い、一ヶ月後にこの学園で武道大会ってのがあるから、そこで勝負だ!」

「……武道大会?」

 その言葉に仁摩は眉をひそめた。それに土井が前方出入り口から手でイヤホンを使って叫ぶ。

「あぁ! お前がやった交流戦の、大型版みたいなもんだ! 学園中から腕自慢が集って、技を競うんだよ! 好きだろお前、そういうの! 俺も好きだッ!」

 最後にしっかり自分の主張をしている辺り土井だと思った。それに仁摩は、

「なるほど、そこで……」

「あぁ、そこで勝ち上がって、勝負だ!」

「……いいだろう」

『おぉ~』

 仁摩の了承に、野次馬たちが声をあげる。正信も人心地ついた。……ふー。とりあえず、先延ばしには成功したか……

「紗姫も出る!」

 え"。

『え"』

 意外なところから、意外な参加表明があった。それに正信、そして野次馬たちも声をあげる。いや、実際には正信は声を出してはいなかったのだが。

「お、お前はやめとけよ……」

 正信は説得に入る。だが、同じ教室中央に未だいながらも仁摩のインパクトによりすっかり影が薄くなってしまっていた騒ぎの原因である青髪娘は、怒りや苛立ちなどの様々な負の感情を込めてこちらを睨みつけていた。

「いや、出るったら出るんだもん!」

「いや、でも……お前関係ないだろ?」

「あるもん! 正信が紗姫のいいところ全部とっちゃったから、紗姫も正信のいいところ全部取ってやるんだもん!」

 お手上げだった。もはや理屈じゃない。こうなったら、もう参加を認めるしかない。仲間のグループを見ると、土井は笑い、池田はニヤけ、島本くんはホッとしてポケットから出したガムを噛んでいた。後ろの出入り口から現れた設楽先生に回収されなければいいんだが。枝穂ちゃんも見たら、ワクテカしてた。表情は各自の想像にお任せする。

 憂鬱だった。

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