拳法先生ニラ太

「あら、正信ちゃんと在昂ちゃん、おはよう。朝ご飯もう少しだから、ちょっと待っててね」

 笑顔の母に、仁摩も珍しく……ホントレアに、微笑みを作る。野性味ではない、優しいもの。

「ありがとうございます……いつも、美味しい食事を。自分のような、どこの馬の骨とも知れない者に……」

「あらヤダなにいってるのこの子は。そんな風に遠慮しなくていいのよ、もう。自分の子みたいに思ってるんだから、ね」

「は、はい。努力します」

 笑顔で言葉をかけられ、仁摩は戸惑ったように顔を伏せた。母は再び破顔し、

「あらヤダ、努力なんてしなくていいのよ。気楽に、気楽に、ネ? じゃあ椅子に座っておきない」

 次に父が新聞を下げ、声をかけてくる。

「在昂くん。もうウチには、慣れたかな?」

 今度は仁摩は、恐縮そうな顔を作る。

「は、はい。本当にお二人にはお世話になりっぱなしで、感謝の言葉も……」

「あぁ、いやいや。そんなに畏まらなくてもいいよ。実は君の生活費は芳武からもらってるんだよ。あいつめ、いらないといったんだが、一度言い出したら聞かない性格でな。だから私たちには、負担はないんだよ」

「そ、それは芳武さんに申し訳がなく……」

「いや、あいつが好きでやってることだ。それに、もう少しで君にそれほど負担がかからない、実入りのいいバイトを紹介できるといっていたよ。とにかくここにいる間は、ゆっくりとしているといい」

「……本当に、重ね重ねありがとうございます」

 恐縮し合いの、ほのぼのした癒し系な会話だった。別になんてことないのだが、正信は肩身の狭さを感じてテーブルの隅っこに着席して、やってきたトーストとスクランブルエッグに手をつけた。

「お兄ちゃん、お元気ない?」

 琉果の言葉にも、力ない笑顔を返すことしか出来なかった。


 今日は珍しく、土井が遅刻してなかった。

「ねむっ。たまにまともに起きると朝日が目に刺さるなぁ。なんていうか、吸血鬼な気分?」

 今日も赤の迷彩色のバンダナをバッチリ決めながら、二つ開けたボタンからアニメ柄のTシャツが覗いている。今日は紅蓮大聖テンゲン、熱いロボットゲームだ。アニメ化もした有名タイトルで、正信もやったことがある。

 島本くんが今日もでっぷりした体を揺らしながら、

「頑張って毎日起きなよ。ねぇ仁摩君」

「日々の生活は、可能なものなら規則正しくすべきだな。体調の低下に繋がる」

 正信は、お前が言うか元日雇いホームレス辻斬り男……と思ったが、口はつぐんでおいた。その辺は秘密にしておくのが妥当だろう。

「んで、よ。仁摩は俺が勧めた漫画、読んだか?」

 池田の言葉に仁摩は振り返り、

「あぁ、読んだぞ。だがあの男はなぜあれほどモテるのだろうか? 特筆すべき長所もなく、その上優柔不断で、しかも相当な年齢差。おれには正直理解不能なところがあるな」

「……って、おい池田。お前、仁摩になに貸したんだよ?」

 正信が耳打ちすると、

「拳法先生ニラ太、だよ。ウケんべ?」

 ハーレム学園ものだった。それも主人公は教師の、しかも子供というマニアックぶり。どんだけだよお前。

「にしても在昂(ありたか)も、ずいぶん学校に慣れたよな」

 土井が言った。それに正信含めて三人が頷く。最初はアレほど異質だった男が、こうして普通に会話に参加している。少し、驚きなくらいだった。

 しかしその言葉に仁摩は僅かに、表情を曇らせた。それに土井が気づき、

「ん? どうした在昂?」

「いや、特に――」

「邪魔」

 どん、と仁摩の体が後ろから押された。それに二、三歩たたらを踏む。会話が滞る。そして仁摩を押した人物が、正信たちのグループの前に歩み出た。

 翻る青色の、川のように流れる長髪。

「紗姫……」

 呟いた正信の方に、紗姫は振り返る。その紫色の瞳は以前よりも硬く、キツかった。

「なに? 道の真ん中で五人も横に並んで歩いてる方が悪いんでしょ? 邪魔なのよ。もっと道の隅っこ歩きなさいよ」

 そう吐き捨て、紗姫は去っていく。いつものように取り巻きがそれに続くが、その表情には困惑している様子が見て取れた。

「なんか紗姫、最近機嫌悪くね?」

 その姿を見送り、土井が呟いた。確かに、最近の紗姫は様子がおかしい。つっかかってくるのはいつものことだが、啖呵に余裕がない。それにねちっこく来ないで、さっさといってしまう。

「どうかしたのかな……?」

「どうでもいんじゃね? リアルのツンデレなんて、ウザいだけだし」

 島本くんと池田も、それぞれ違った反応を見せていた。仁摩だけは、押し黙っていただけだったが。

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