青い春
「びっしょうねんと、やっじゅう~。びっしょうねんと、やっじゅう~」
とっても他意がありそうなタイトルを無邪気に繰り返しながら、廊下をスキップしていく。そこには何の他意もないというのに、他意というか他の解釈というかそういうものを知っている大きなお友達には別の意味で取られかねない放送コードぎりぎりな感じだった。
「おっにぃちゃんに、読んでもらうんだもーんっ。おっにぃちゃんに、読んでもらうんだもーんっ」
小学二年生の妹が高校二年生のヲタクの兄に『美少年と野獣』を読んでもらう……腐的な教育を連想させてしまいそうだが、そこに他意はない。本当ですよ?
「ふよ?」
もはや定番となった首をくりっと傾げた必殺ポーズ(主におっきいお兄ちゃんに対しての)を決め、さらに探検を進めた。玄関を越えて、一階の廊下を階段側へ進み、脱衣所横の角を曲がり――
「よ、妹か」
そこに以前と同じような感じで、見知らなくなくなった少年が立っていた。
「あ、にまちゃん」
琉果は応える。あの日上半身裸で立っていたこの少年は、名前を仁摩だと瑠果に教えた。だけどまだ小学二年生の瑠果には仁摩という漢字はわからず、にまちゃんと覚えていた。最初のインパクトこそアレだったが、にまちゃんは瑠果をよく構っていた。エビフライをくれたりオセロをしてくれたりりんごジュースをくれたりチョコレートをくれたり。世間一般的には餌付けともいわれる行為だが、瑠果はその言葉を知らなかった。だから結構というかかなり仲良くなっていた。
「顔、洗うのか、妹よ? ちょっと待て」
にまちゃんはちょうど、顔を洗っていたようだった。手にはタオルを持ち、前髪には水気があった。それを顔に押し付け、かなり乱暴に上下させる。最初来た時はシャワーを浴びた後も自然乾燥させようとしてたのに、すごくべんきょうしてると思う。ちょっと荒っぽいけど。
それに瑠果は、
「にまちゃん、すっごくよくなったね」
それに仁摩は笑って、
「そうか。それはよかった」
そして、目を伏せた。
それに瑠果は、疑問符を浮かべる。最近ふとした時に、にまちゃんはこれをする。最初に来た時はあんなに楽しげだったのに、なにかあったんだろうか?
そして瑠果は、探検を続ける。脱衣所を過ぎて、テレビの部屋も越えて階段を上がり、右へ曲がって二番目の部屋へ――
「おにーい、ちゃんっ」
「……お、琉果か」
お兄ちゃんも、なんだか元気ない。
お部屋のドアを開けると、お兄ちゃんは机に座っていた。いや違った、お椅子に座っていた。机に、もたれるように。その目はにまちゃんと同じようにとろんと半熟タマゴのようにとろけていた。
「お兄ちゃん、あの、ご本……」
「あぁ、読んでほしいのか、うん……って!? ちょっ、おまっ、こんな本いったいどこで手に入れて……!?」
「お兄ちゃんのベッドのした」
「そんなわけあるかオレはそんなマニアックなタイトルの同人誌じゃないエロ本じゃもっとない絵本なんて持ってないっていうかそもそもそんなタイトル読みたいなんて言っちゃもっともっといけませんっ!」
いつものツッコミにも、キレがない。気持ちよさが足りなかった。そこでもう一回廊下を戻って、階段を下りて、テレビの部屋でテレビを見てたお父さんとお母さんに二人のことを話して、聞いてみた。
「青い春だな……」
「青い春ね……」
意味わかんなかった。意味を教えてと聞いてみたけど、琉果ちゃんにもそのうちわかるよとニコニコ笑われるだけだった。琉果だけ置いてけぼりな気持ちだった。
青い春って、なんなんなんだろう?
弓道部部長との交流戦から、一週間が経っていた。
「さて……用意できたか、仁摩?」
「あぁ、いつでもいいぞ」
仁摩が鞄を肩に担ぐ。正信も準備しているところを確認していたが、中身も問題ないようだった。制服も着ている。ボタンは下から二つ目までしかつけていない――つまりは上三つも外されているが。シャツも入れてないし、ズボンも裾上げしてないし、髪もボサボサだったけど。だけどまぁ、最低限許されるカッコだ。最初から比べると、また随分野生化してきたものだと思う。
一階に下りて、食卓に着く。既に父は自分の席に着き、新聞を見ていた。母がキッチンから顔を出し、声をかけてくる。
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