交流戦

 仁摩は眉をひそめる。ここで設楽が出てきたことも、言葉の意味もわからないといった様子だ。そこで設楽は頭をかきながら片目を開け、

「お前はまだ知らんだろうがな、転入生。この隅ノ木学園には、一風変わった校則ってモンがあってな。元々このガッコーは、兵士に読み書きそろばん、さらに軍事知識、戦略指南を行うために作られたものだったんだよ。それも時代が変わり、徴兵制がなくなって需要に即したものに変えてはきたが、文武両道の精神は消してなくてな。だから心技の向上のため、決闘は認められてるんだよ。交流戦と称してな」

「ほう……それは、面白い」

 仁摩の眼がきゅぅ、と細まる。まるで獲物を見つけた猫だ。設楽はさらに続ける。

「てなわけで、この弓道部部長篤祇藤一郎から正式に交流戦の依頼を、オレが受けちまったってわけよ。ったく、忙しいのによ。ま、そういう訳で仕切りやるから、よろしくな」

「交流戦……」

 正信は呟いた。

 とたん、教室を喧騒が包み込んだ。

「おぉっ! 交流戦だってよ!」「マジか! 久々じゃね?」「おもしれー、ルールとかどうするんだろうな?」「しかもあの仁摩かよ。こりゃ長谷川が部長に泣きついたって構図だろうな」

 キッ、と裕美が声がした方を睨みつける。するとその男子は口を噤み、人ごみに身を隠した。

「おーおー気がつえーな。ありゃ当分彼氏できんわ」

 土井がゲラゲラと笑う。そんな中、正信は気が気ではなかった。頼むから、そんな大声で悪口言うのはやめてくれ。島本くんは未だ昼食中で、池田は漫画爆読中だった。


 そして、放課後。

 仁摩と藤一郎は、第二体育館にて約3間(けん=5メートル)の間合いをとって、向き合っていた。

「さて、と。じゃあ、本日これより仁摩在昂、篤祇藤一郎両名による交流戦を始める」

『ウォオ――――――――――――――――ッ!!』

 やる気なさげな設楽の声に、周囲を囲んでいる総勢二百名近くの生徒たちから、大歓声が沸き上がった。試合場の直径十メートルの正方形のラインから外は、人がぎっしりだ。入り口の外、窓枠にも人がひしめきあっている。二階のキャットウォークの方も、今にも人が落ちてきそうなほどの勢いだ。みな、娯楽に飢えていた。

「あれが仁摩って転入生か?」「転入早々、自己紹介の挨拶のときに裕美と一戦交えたらしいぜ? ほら、あのそばにいる女子」「あぁ、女だてらに弓道部の副部長なんだって?」「いや待て。副部長なのは合ってるけど、自己紹介のとき喧嘩吹っかけたのは裕美じゃないらしいぜ?」「そうなのか?」「あぁ。噂によると、あの転校生が言ったらしい。挑戦はいつでも受けるとか」「お、おい。その話、マジかよ?」「らしいぜ? オレも聞いた」「お前もかよ」「しかも話によると、その日の武道の時間に柔道部エースの小西安芸谷も破ったとか」「え、マジ?」「オレも聞いた。それも柔道で、締め技で失神させたって」「オレはしょんべん漏らさせたって聞いたぜ」「おいおい、何もんだあの転校生? こりゃこれからの交流戦めっちゃくちゃ楽しみになったな」

 それらの喧騒を正信以下四名は、仁摩のセコンドにあたる位置から聞いていた。

「すげー騒ぎだな。いや、おもしれー」

 土井はわくわくしていた。自分たち風にいうならワクテカと言ったほうが正しいかもしれない。オタク四天王の中にあって、意外と現実の祭りにも興味津々な男だ。

「うるさい、怖い……」

 池田は対照的に、内向的になっていた。仲間内では結構喋る男だが、人ごみに連れて行かれると弱いタイプだ。メガネを曇らせて、周りにバリアを張っていた。

「どっちも頑張れー……もぐもぐ」

 島本くんに至っては騒ぎに乗じてスナック菓子を食っていた。もうどうとでもしてくれ。そして正信は、いつものように視線で想い人――枝穂ちゃんを、探した。

 正信愛(アイ、つまりはeye、眼の意。漢字間違え)、起動!

 瞬時に200もの雑踏の中から、一人の清楚可憐な文学少女を見つけ出す。今日もいつもの濡れ烏の髪(日本古来の大和撫子を象徴――以下略)に、柔らかい表情で、文庫本を読んでいる。さすがは文学少女だ! あぁ――素敵だ!!

「……でも、なんであの子はわざわざこんなとこまできて本読んでんだ? 本読むなら、家帰って部屋で読めばいいのによ……」

 震えながら呟く池田の意見はもっともだったが、今の正信はそんなことはどうでもよかった。枝穂ちゃんの姿が望めれば、もうそれで!

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