和弓 vs 通学鞄
「おっ、始まるみたいだぜ!」
試合が始まる前から勝手に盛り上がってたら、土井が叫んでた。それに正信も表情を引き締め、試合場を向く。
設楽がマイクを握る。
「テステス、テステス。マイク入ってるかー? 入ってる? ならヨシ。さーてー、と。じゃあ、ルール説明に入る。事前に二人からの主張を総合した結果、お互い一つづつ得物を持っての戦いに決まった」
『ウォオ――――――――っ!』
再び観衆は吼える。「マジかよ、武器あり?」「ありえねぇ、殺し合いでもする気かよお前ら!」「どんだけ、どんだけぇ?」「でもまぁ実際リアルに考えたら弓道部なんて弓無しじゃ戦いようがないからなぁ」
「あー、静粛に静粛に」
設楽がマイクで観衆の興奮を収める。
「当然ルールには続きがある。まず、双方アイガード着用だ。これは投擲武器による失明などの危険性を排除する目的がある」
え、ぇ~、と落胆の声。これはもちろんノリ半分だ。武器を使っての死合いなど、見たいわけがない。アイガードとはゴーグル型の防具だ。
「はいはい、静粛に静粛に。……ったくメンドくせーなおめぇーら。あれ? 今のマイク入ってた。ま、いっか」
「せんせー、私語多いデース」
観衆の一人からツッコミが入り、笑いが巻き起こる。
「うるせっ。とにかく、得物一つにアイガード。あとは、三間の距離からスタート。これもお互いの協議の末だ。まぁ見てるやつは間合いのせめぎ合いに注目しとけ。参ったした方の負け。過剰攻撃は俺が鉄拳制裁加えちゃる。いいな?」
無言で二人は頷く。仁摩は無表情に、藤一郎は笑顔で。片や野生児に、片や御曹司。それぞれスタイルは対照的といえた。
「じゃあ、それぞれ得物を見せてもおうか。まずは、藤一郎」
「ぼくは当然、こちらです」
差し出された右手に握られているものは、長さ七尺三寸(221センチ)にも及ぶ長物、和弓だ。続いて矢も見せる。三十本ほどあるその先端全ては、ゴムで丸くコーティングがなされていた。これなら刺さることもなく、大きな怪我をすることもないだろう。当然ダメージは大きいだろうが。
「よし、いいだろう。じゃあ次、転入生」
「いい加減名前を覚えたらどうだ、教職員……そうだな」
仁摩にしては珍しくボヤきつつ差し出されたものは――
「これでも、使わせてもらおうか」
縦三十センチ横五十センチ弱ほどの――通学鞄だった。
シーン、と一瞬の静寂。
「ま……マジか?」「弓相手にたった一つの得物が、鞄?」「おいおい、どういうつもりだよあの転入生」「死ぬ気か?」「いや、死にゃあしないだろうけど……本当にンな騒ぎを巻き起こした本人なのかよ?」「ずいぶん静かだしな」
ざわめき出す観衆たち。その気持ちは正信も同様だった。ほかにも選べるものはあるだろうに、なぜに通学鞄?
「それでいいんだな? 転入生」
設楽の確認に、仁摩はただ頷いた。
「ならもう先生はなにも言うまい。じゃあ双方、中央へ」
仁摩と藤一郎が真ん中に寄る。視線が、僅か十センチ強の距離でぶつかる。
「礼を失するな、ダメ押しをするな、隅ノ木学園の生徒である自覚を忘れるな、礼」
「よろしく」
「……よろしく」
笑顔の藤一郎の挨拶に、仁摩の訝しがるような挨拶が答え、握手が交わされる。そして双方背を向け、二人の距離が再び三間に戻される。
「じゃあ、始めるぞ。交流戦、仁摩在昂 対 篤祇藤一郎……始め!」
設楽の号令とほぼ同時に、藤一郎の矢が放たれた。
「は、早っ!」
正信は思わず、身を乗り出していた。以前の裕美も相当な早撃ちと思っていたが、その比ではない。おそらく装填から射出まで、1秒を切っている。型通りの八つの手順からなる両手を引き伸ばしてじっくりと狙いをつけるということを、していないのだろう。これでは前回のように、射線を見切って避けることなど――
カン、という音がした。
「な……」
矢を放った藤一郎は、戸惑う。その射線上の先、狙っていた仁摩の体の中心――胴体部には、長方形の小型の黒いバリケード――鞄が、あった。放った矢は、その少し手前に転がっている。
「残念だったな、弓兵。おれの鞄は、鉄板入りだ。射抜くことは出来ないぞ」
「く……」
その言葉に、藤一郎はお約束どおりに悔しがる。それを見て土井が、
「つっても、鏃には細工してあんだろ? 刺さらないようにって」
ホント、ノリがいい人だな、つくづく。正信はある意味で感心していた。
「フフ……やるじゃないか、仁摩くん。まさか鞄をそういう形で使ってくるとはね……でも、これでどうだい?」
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