挑戦者

 今日は正信にとって高校に入ってから、もっとも長い一日に思えた。次から次へと事件が起こり、全然終わらない。せめて昼休みくらいは、のんびり過ごしたかったのに。

「きみが、仁摩在昂くんか?」

 まさか、次の挑戦者が現れるなんて。

 正信は頭を抱えた。教卓前の土井の席の隣に、後ろ向きに座る正信の視線の先には、窓際最後尾の仁摩がいる。そして仁摩は、ちょうど母さんから渡された弁当箱のご飯を箸でつまんで口に運ぶところだった。意外にも箸の持ち方は、正しかった。

 その目の前に、長身で坊ちゃん刈りの男が立っている。

「……なんだ?」

 怪訝げな仁摩の言葉に、男は微笑を作った。不気味なほど、男は爽やかだった。整ったそれは、上流階級のご子息を思わせる。しかしその右手には身長ほどの長いズタ袋と、左脇に――長谷川裕美を、引き連れていた。

「失礼、まずはぼくの方から名乗るべきだったね。ぼくは、篤祇藤一郎(あつぎ とういちろう)という。実はきみが負かした、ここにいる長谷川裕美が所属する弓道部の、部長でね」

 その言葉に、仁摩の顔つきがギラリと変わった。どこか惚けたような表情から、野獣のそれへと。

「……好きだねぇ、あいつも」

 その様子を見て、一時限目が始まる直前に教室に飛び込んだバンダナにアニメTシャツの土井が呟いた。今日の昼飯のカップラーメン片手、割り箸片手に横目でなりゆきを見守っている。隣にいる池田と島本くんもそれぞれおにぎり、三段重ねの重箱に舌鼓を打ちながらそこそこ気にかけている。それほど教室の出来事に興味がある連中じゃない。

「弓道部の、部長か。それがおれに、なんの用だ?」

 感情が現れた言葉に、部長――藤一郎も相好を崩す。

「ふふ、やっと笑ってくれたね。ずっとぼんやりしてたから、気になっててね。これでようやく、ぼくもきみの興味の対象になれたってところかな?」

「……用件は、なんだ」

 藤一郎の言葉と笑みに、再び仁摩の表情が曇る。やり取りを見守っていた正信も、少し顔をしかめた。なんだ、あの人? 丁寧すぎる言葉遣いに、やたらとナヨナヨした態度。あれじゃあなんか――ちょっと、そっち系のひとっぽいというか……

「おっと、これはまた失礼。ふふ、どうも失礼ばかりしてしまうね。これもまた、運命かな? 最初の印象最悪から始まる恋もあるというからね。聞いたことはないかい?」

「…………用件は……なんだ?」

 今度の仁摩の言葉には、怒りが込められていた。珍しい。無表情だったり喜々とした様子は見てきたか、ああいうのは初めてだ。

「うぉ、怒ってるなやっこさん。まぁありゃ確かにイラつくわな。ああいうのが許せるのは、金持ちの美少女だけだ。お嬢様サイコー。ツンデレならもっとだな。萌えるぜ!」

 池田が妄想を爆発させてた。ビン底黒縁メガネをギラリと輝かせる。今日もコンビニのおにぎりの池田は、今月も同人誌とアニメDVDとゲームに散財かましたらしい。ある意味四人の中で、一番漢(おとこ)らしい――ならぬ、オタクらしいオタクだった。

「おっとっと、本当にまたも失礼してしまったね。ぼくの悪い癖でね。言いたいことが優先してしまって、本筋から外れてしまうことが多いんだ。すまなかったね。じゃあそろそろ、本題に入ろうか。

 きみは挑戦は、いつでも受けるそうだね?」

 ニヤリ、とようやくきたかという感じで、仁摩は笑えた。それを見て土井も笑う。

「ハハ、ありゃあ仁摩ってヤツもたじたじだな。さすがはウチ一の変人部長だな。いやー、ウケルウケル、な? 島っち」

「はふはふ」

「ハハ、島っちに飯食ってる時話しかけてもムダか」

 島本くんはガツガツと三段重ねの重箱を平らげにかかっていた。野菜と肉と米と玉子焼きを同時に口の中にかきこんでいる。アレで味がわかるんだろうか? 正信は頭を傾げた。池田はもうおにぎりを食べ終わり、持ち込んだ漫画を読んでいた。みんなマイペースな奴らだった。

「どうやる?」

 単刀直入。余計な言葉は一切省き、仁摩は尋ねた。それに藤一郎もニコリと微笑み――

「そこでオレが、駆り出されたわけだ」

 横合いから、第三者の声が割り込んできた。

 それはヨレヨレスーツにボサボサ頭の担任教師、設楽尚吾だった。頭をガシガシとかきながら目を閉じ、めんどくさそうに首をひねっている。

「……どういうことだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る