憂鬱マシマシで

 ぼそっと呟いた。それを聞いてか聞かずか、仁摩は次の尋問に平然とした様子で答える。

「理由は……お前と戦いたかったからだ、【究武】」

 シン、と辺りが静まり返る。

 今の言葉に、正信は言葉を失っていた。最初のやり取りを思い出す。問われた。お前は尾木戸か、と。つまりその言葉は、こいつは最初から、実力を知った上で兄である――【究武】、尾木戸芳武を狙っていたということなのか?

 しかし、なぜ?

「……なぜだ?」

 自分の代わりに、兄きが仁摩に尋ねた。それに仁摩は、ただこう答えた。

「お前が、強いからだ」

「…………」

 黙りこむ芳武。それに倣う正信。この男の意図が掴めない。その言い方では、強いやつと戦いたいから、こんな暴漢じみた真似をしたように聞こえる。

 まさか、こんなことを平時おこなっているとでも言うつもりなのだろうか?

「ふん……仁摩、といったな。君は普段、いったいどういう生活をしているんだい?」

 口調の変化に正信は気づいた。襲い掛かられてからはお前、と呼んでいたのが、まだ何も知らない時の呼びかけの君に戻っている。言葉尻も丁寧だ。どうやら、先生モードに入ったらしい。

 確かにこの野獣の生活は、正信も気になった。

「働き、食い、戦い、寝る。ただ、それだけだ」

 三たび場は、沈黙に支配された。

「……親は? 学校は?」

 真摯な芳武の言葉にも、やはり仁摩は素っ気なかった。

「親はいない。学校には行っていない。行く意味など、見出せないな」

「親は、どうしたんだい?」

「死んだ」

「……いつだい?」

「半年前だ。なんだ、これも尋問の一つなのか?」

 一つ、芳武は息を吐いた。正信もそれに倣う。少し、仁摩に対する見方が、変わりつつあった。

「なにがあったかまでは聞かないが……そんな環境では、屈折してしまうのも仕方ない部分もあるな。ふん……今はどんな仕事をしてるんだい?」

「日雇いだ。そのときによって違う。主としては土木関係のものが多いがな。住み込みならば、寝床の心配も片がつく」

「じゃあ、働き口はわたしがまともなものを道場生から口をきくとして、」

 芳武からの突然の提案に仁摩は眉をひそめ、

「いらぬ世話だ。そもそもおれは、お前を襲ったのだぞ?」

 その言葉に、芳武は笑みを作る。やたらと似つかわしい、屈託ない少年のような笑みを。

「そうゆうなって。いや、そう言うものではないさ、だな。わたしはこれでも、ある武術の流派の、当主を務める身だ。君のような青少年がそのような不遇にいるのを、黙って見てはいられないのだよ。それで、学校も――」

 そこで視線が、今まで蚊帳の外にいた正信に向けられた。

「え……」

 それにうろたえる正信。急展開に、正直ついていけていなかった。なんで暴漢退治が、不良少年更正会議に変わってるんだ?

 その上こっちに、何の用?

「正信、お前の高校って、入るの難しかったっけ?」

 とつぜん振られ、脊髄反射的に答える。

「いや、別に……っていうか村が統合された関係で、この辺じゃあ高校ってオレのとこしかないからホント誰でも入れるけど……って?」

 ――ちょっと待て?

「あぁ、そうだったのか。なら、ますますちょうどいいな」

 ――いやちょうどいいって、なにが?

「……おい、兄き」

「じゃあ、正信。この男をお前の高校に入れるから、色々と面倒見てやってくれな」

「な――――」「は?」

 正信と仁摩、二人の声が重なった。なにこの超展開? アリエナインデスケド?

「いや待て兄きいったいどこがどうなってそんな話になるわけ?」

 正信の問いかけに、芳武は仁摩を脇固めで固めたまま平然とした表情で言い放つ。てかまだ解かないんだ、ソレ。

「話の流れ聞いてただろ? この子が不憫だから、色々手を貸そうって思ってるわけだけど、舞台は整えられても演出までは……というわけで、お前に色々と手伝ってもらおうと思ってな。頼むぜ、マイブラザー」

「マイブラザーじゃねぇよ! いや、マイブラザーだけど……ていうかどうしてオレが襲われた相手なんかの世話をしなきゃ――」

 そこで芳武は真剣な眼差しになり、

「いや、狙いはオレだったわけだし……頼むよ、正信。この子、拗ねた目をしてるだろ? なんとか救ってやりたいんだよ。まともな人間性育成を、させてあげたいんだよ。そのためにはお前しか、頼めるやつがいないんだよ」

「…………」

 その言葉に、正信は目を逸らした。……ずりぃ。普段はイケメン究武の超人のくせに、自分にだけはこんな言葉を投げかけてくるのだ。これじゃあ、断りようがない。

 そして三秒の逡巡のあと、正信は芳武に制されている野獣――仁摩を見つめた。

 ――こんな獣と、オレが?

 すると仁摩は再びニヤリ、と獣じみた笑みを浮かべた。

「夜露死苦(ヨロシク)な」

 くらっ、と正信は目眩を感じた。これから先のことが、不安でいっぱいだった。

 なんか憂鬱、十割増しになりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る