トンファー
暴漢、という体(てい)ではないようにも感じる。なにより弟を襲う理由が思い当たらない。弟はれっきとした男だ。なに、だとするとこの少年は、ホモなのか……?
「……待て少年。君はまさか、弟の美しさをつけ狙う、ホモ――」
「あに……」
少年が、ぼそりと呟いた。初めて声を聞いたが、物事を語っているというよりもただ言葉を発している、という印象だった。
「ん? 兄、といったのか?」
「きさま……そこの、尾木戸正信の、兄なのか?」
少年の体が、ぶるぶると震えている。どうしたのか。ひょっとして、いきなり自分みたいな背が高く威圧感があるのが出てきたから、怯えているのだろうか? そう考え、気を鎮める。むやみやたらに威嚇するのはよろしくない。それは武道精神上にも、そしてそれを教えるべき正信に対しても、だ。
「ああ、そうだ。正信の兄、尾木戸芳武という。それで、君はなんなのかな? わたしの弟に、なにか――」
「尾木戸――――――――ッ!!」
瞬間、少年は飛び掛っていた。
「うぉっ!?」
不意の一撃。ぶるぶると震え俯きぼそぼそと押し殺したように喋っていたその姿から、発せられる気の小ささから、芳武はその少年を見誤っていた。0,1秒を切る驚愕の豹変と、その野獣に匹敵する敏捷性から放たれる、真下からの一撃を――躱しきることが、出来なかった。
アッパーカットが、芳武の左の頬を裂いた。
少年が、ニヤリと笑う。
そして次の瞬間、少年の脳が縦に激しく揺さぶられた。
「!
?」
まず衝撃、そして疑問符が少年の脳裏に浮かんだ。頭がぐらぐらと揺れて、体が言うことを利かない。そのまま外からの力により、少年の体はうつぶせに地に伏せられ、左腕を天に向けられた。脇固めの態勢だ。その上には、尾木戸芳武がいる。
今の一瞬なにが起こったのか、わからなかった。
だが、芳武の右手にあるものを見つけ、少年は歯噛みする。
「尾木戸、貴様それは……トンファーかッ!」
その手には、腕と平行に伸びる30センチほどの木製の棒があった。それは手の位置で内側へ直角に曲がり、握り手へと伸びている。
トンファー。空手の代表的な武器といってもいい。元は農具だったものを、武器として改良されたものだ。その形状から服の袖に隠すことも容易であり、暗器として用いられることも多い。
先ほど少年が芳武の頬をアッパーカットで裂いた、ほぼ同瞬。芳武の腕から現れた隠しトンファーの先端が、強烈に少年のアゴを真下から突き上げたのだ。
芳武が裂かれた自分の頬を撫でる。
「いちち……不意打ちとはいえ、わたしが一発入れられるとはね……こいつぁ、とんでもないタマだな。紗姫にトンファー借りといて正解だった」
その言葉を聞き、またも正信の引け目が触発された。あの【究武】といわれる兄に一発入れ、とんでもないタマと賞賛される逸材……一方自分は少年の出現にただぶるぶると震え、兄にこうして助けられている。
いったいなんなんだろうか、自分は。
少年は芳武に乗っかられて関節技を決められながらも、芳武を睨む。
「尾木戸、まさか武器を使うとはな……こちらは素手なのだぞ? 武道家として、恥を知れ」
芳武は傷に、空いてる方の指先をべろべろ舐めて唾液を塗りながら、せせら笑う。
「馬鹿だな、お前は。通り魔がそんな偉そうな口が聞けるとでも思ってんのか? それに空手には、ちゃんと武器術ってものがある。特にこのトンファーは、その代表格だといってもいいんだぞ?」
「む……だ、だがしかし武道家同士の戦いで――」
「武道家が、無差別に人を襲うのか? それにこっちはそんな情報無いんだ。相手が武器を持ってることも頭に入れて対応しないとな。もし銃を持ってて、撃たれたら、卑怯だともいえないぞ?」
「むむ……」
押し黙る少年。芳武の話に、思うところがあったようだ。にしてもトンファーでアゴをかち上げたのは、さすがにやりすぎだったかとも思う。下手すれば骨が折れる。咄嗟の反応だったとはいえ、そして如何に手加減したとはいえ、まともに喋れるこの子は凄いなと芳武は感心した。
「にしても、だ。いきなり襲い掛かるとは、感心せんな。最低限としてまず、名前と年齢、それに理由を話すんだな」
掴み上げている腕は油断なくひねり上げたまま、芳武は尋問を開始した。見たところ少年の脳震盪は未だ回復していないようだが、甘くは見ない。自分に一撃を、たとえ掠らせただけとはいえ入れた人間は、久しいのだから。
「……名は、仁摩在昂(にま ありたか)。年齢は、16だ」
その言葉に、芳武は目を剥いた。
「まだ16かっ! これは面白い逸材だな……空手、やればいいのに」
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