憂鬱と獣
達観
午前七時五十五分、正信は家を出る。
世間には、自分の住む家と道場とを隣接させている武道家も多いという。確かに稽古のためにわざわざ赴く必要がなく、立地的には便利だとは思うが、いつも喧しく落ち着かないと思う。その辺、きちんと分けているウチは良かったと正信は思っていた。
通学路を十分も歩いていると、耳慣れた声がかかった。
「おっす、正信」
「やぁ、正信くん」
それに振り返り、正信は挨拶を返す。
「うい、池田に島本くん。なんか今日も暑いよな」
七月初めのこの時期、太陽は燦々と輝いていた。草木も生い茂り、いよいよ夏本番といった感じ。周りの学生服も夏服に変わり、登校中の生徒たちはみな浮かれ気分で夏休みの計画などを立てていた。
そんな雰囲気の中、この三人は――
「それで、土井は? やっぱいつも通り?」
正信の言葉に池田が、
「んむ、いつも通り。オンライン・ゲームだな。今はドラハンにハマってんだってさ。昨日寝たのは朝の5時だってよ。それって昨日じゃなくて今日じゃんかさな」
それに島本くんが、
「無茶しすぎだよね。ぼくなんかは遅刻とか、ちょっと怖くて出来ないかなぁ。変に目立っちゃうし。でもああいう達観してるところは、ちょっと憧れるかも」
「達観、ね……」
反芻する正信に池田は、
「アレは達観とは違うんじゃね? そんな立派なもんというよりは、単純に引きこもりっつーか、現実見てないというか」
「池田も言うなぁ……」
その遠慮の無い物言いに、引きつり笑いが出てしまう。
池田。メガネおたく。黒縁で真四角で分厚いそれが一般人を寄せつけない壁となっているのだが、何度言っても変えようとしないので正信も既に諦めていた。毒舌気味。
島本。ややふくよかなオタク。それほど太っているわけではないが、俯き加減の姿勢とボソボソした口調がやっぱり一般人を寄せ付けない壁となっている。性格は極めて温和。
そして今ここにいない土井含め、正信たち四人はオタク仲間だった。
「で、さ。昨日の魔法少女ティルティルあげは、見た? あれって先週まではよかったんだけどさ、ちょっと今週の展開は王道通り越してベタに走ってるっていうかさ……」
「あ、うん。それはぼくも思った。でも、それいうなら今期のある女子校のエールガールも、登場人物全員が女の子って辺りちょっと狙いすぎっていうか……」
それに、周辺を歩いていた同じクラスの連中が遠巻きに、ヒソヒソ話を始める。
「……ねぇ。あの三人、またオタ話してるよ」
「……うわ、キモ。せめて公道の中心はやめて欲しいわよね」
「……っていうか同じ学校に行ってほしくないっていうか、同じ息吸って欲しくないっていうか」
それらの光景を目の当たりにして、正信は苦々しい表情を浮かべた。
正信は、アニメはあまり見ない。漫画、ライトノベルが中心のタイプだ。ゲームもやる。どちらかというとここにいない土井との方が話は合う。まぁ漫画に関していえばはオタク全般共通項のジャンルといえるのだが。
どちらにせよ、世間一般的にもろオタクとかキモいとか言われている非難の的(まと)であるアニメの中でも最上級に痛いといわれる魔法少女モノと百合混じりの話をこんな学生たちが溢れている通学路で話すのは自重して欲しいと正信は思う。じゃないと――
「ちょっとそこのオタ三人? そーんな道の真ん中で固まってると、すっごい通行の邪魔なんだけどなー?」
『…………』
もはや三人、誰も振り返らない。毎朝毎朝繰り返される儀式に、みんな辟易していた。
それでもその声の主は気にした様子もまったくなく、いつもの通りに正信の肩に手を伸ばした。
「ど、け、って言ってんの。紗姫が。わっかんない? 空気読みなよ」
そうして道の端に、押し退けられる。左右に分けられたところで、その人物の顔を見る。
そういや横一直線に切り揃えられた前髪と腰まで届く長髪って姫カットとも呼ばれるものだな、と正信は思い出した。
そこにいたのはご存知青髪美少女、北嶺紗姫だった。
「…………」
正信はその姿を文句も言わず見送った。さらさらと青い長髪が流れていく。目元も凛々しくて、可愛いのは間違いなく正信も認めるところだった。だけど、まぁ――
「――――」
こうして睨まれるのは、あんま心臓に良くなかったりして。
「フンっ」
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