喧拳囂go!(けんけんごうごー)~本格格闘技学園青春成長中二病ラブコメ~

青貴空羽

少女と棒


 美少女に、棒で――"突かれた"。


「げふ――――っ!」

 吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて、腹を抱えて蹲る。すげぇ衝撃だった。体に電撃が走ったように、痺れる。ショック状態とかいうヤツだろうか? 身体が、動かない。

 そんな芋虫状態のところに、それを起こした張本人が歩み寄ってきた。そして上から、腕を組んで、見下ろされる。腰まで届く日本人離れしたサラサラの"青い"髪は、だけどその前髪はパッツンの横一直線だった。そのギャップがまた、子供っぽいんだけど高貴っぽいというその雰囲気によく合っていた。さらに切れ長だけど丸みを帯びた瞳に、ぷにぷにの印象を受ける頬と、スッと通っている鼻筋。御尊顔を拝する心地というか、やはりその顔の整い方には感服するところがあった。

 その艶っぽい唇が、動く。何を言われるか、一瞬身構える。

「…………ハァ」

 出てきたのはよりにもよって言葉ですらなくため息かよちくしょー。あぁ、確かに情けないさ間抜けさどうしようもないさ。でもまだ笑われた方がマシってもんだどうせならそっちを選びやがれー! といった感じで心中にて猛抗議を起こす。動けないから。

 さらにその青髪美少女は、その白く整った歯を見せる。

「……………………なっさけなァ」

 そしてあろうことか手に持つ棒の先で、こちらの体をつんつんと突いてきやがった。背骨の辺りを。

「あ……あぅ、あん……」

 心の底からやめて欲しい。そんな繊細なとこ突かれると、変な声が出てしまう。ただでさえ女の子にぶっ飛ばされて屈辱の底にいるっていうのに、もはや陵辱って感じで死んでしまいそう。そのまま棒の先端は身体のラインを下りていき――

「……って、お前紗姫(さき)! それ以上はさすがのオレも抗議するぞ!」

 そう言ったら、身体も起きてくれた。危機的状況には無理が利く、火事場の馬鹿力を実感した。

 それに青髪美少女は、その顔に酷薄そうな――それでいてよく似合った唇の両端を吊り上げるタイプの笑みを浮かべ、

「フンっ。やっぱ動けるんじゃん。それなのにノビたフリなんてしちゃってさー。あー情けないんだー」

 きゃっきゃっと騒がれ指差して笑われる。ちくしょー、こんな子供みたいのにいいようにやられて…………ぐぅ。

 そこに背の高い、端正な顔立ちを持つ男が現れる。

「ほら、二人とも。組み手が終わったなら、私語なんてしてないで離れて。正信(まさのぶ)はきついなら、隅で休んでな」

「はーい」

 その男からの言葉に、青髪美少女はこっちをほっぽってぴょんぴょんついていった。向こうの方で「おいおい、あんまくっつくなよ紗姫」「えー、いいじゃないですか芳武(よしたけ)せんせー」なんていう甘酸っぱい会話が聞こえ、

「……………………ハァ」

 正信はさきほどの紗姫と同じようなため息を、ついていた。


 そこは、道場だった。

 木目が連なる床、立ち並ぶ窓、広い奥行き。大体一般的な高校の、体育館ほどの広さ。内装も、窓の外枠に格子がついていないところ以外は、ほとんど変わらない。あとは、神棚が置いてある点や、木の板で出来た道場訓がかけられている点や、サンドバックがつるされている点が違うところだ。

 その隅に、正信は座っていた。先ほど突かれた腹はまだ痛かった。正信は顔を歪め、腹を押さえながら小さく呻いた。

「ってぇ……ったく。実際女尊男卑だよな、このルール」

「だいじょうぶー、弟くん?」

 すると隣から、声がかかった。振り返るとそこには、正信と同じくらいの年頃で同じように空手衣をまとった女の子の、

「あ……大野ちゃん」

 大野ちゃんはほんわか笑って、

「てかじっさい、カナリ危ないよねー。女の子は武器ありだとか。その辺ふつーはァ、女の子のほうが気を遣ってぇ、色々と考えてくれるもんなんだけどねー」

 大野ちゃんの言うようにこの"空手"道場では、通常ありえない特別ルールが敷かれていた。それが、女子が、男子と戦う場合において、ある一定の武器の使用を認めている、というものだった。

 ある一定というのは、まぁ当然といえばその通りだが刃物とか銃火器は危ないから除くというものだ。というかそもそも道場にある武器に限られているからありえないといえばありえないのだが、というかそういうの使われたら修行じゃなく死合いになってしまうし。てか一方的な虐殺か。

「そぉ……ですねよねぇ、普通は。でも……」

「あの娘(こ)じゃねー。まぁその辺はもう、災難だったって諦めるしかないねー」

 大野さんの言葉に正信は再びため息を吐き、再び視線を元々見ていた道場の中心に戻し、

「ですよねぇ……ほんっと、災難でしたよ」

 視線をその災難の元――青髪の美少女へと、向ける。

「えいっ!」

 華麗な蹴りが、相手をしている長身の黒帯の顔面カバーしている手にパンッ、という快音を立てる。

 北嶺紗姫(きたみね さき)。トレードマークである髪と同様に、その長い睫毛、そして眉毛もどこにいても注目を集める青色で、さらにその瞳はサファイア色。親が北欧系だとか噂で聞いたことはあるが、詳しいことは知らない。だいたい北欧だろうと青が地毛だというのは無茶があると密かに思っているが、尋ねてみたことはない。というかまともな口はあん、聞いたことない気がするし。

「なんであいつって、オレばっか目の敵にするんだろうなぁ……」

 紗姫の連続廻し蹴りが、相手のガードを叩き続ける。その手に武器はない。女子の武器の所持は、基本的に任意なのだ。なのにあんなデカい黒帯が相手の時は素手でやっておいて、こんな文科系な自分の時だけはお得意のトンファーを持ち出して思い切り振り回してトドメとばかりに突きをどてっ腹に叩き込んで壁までぶっ飛ばすなんて――

 塞ぎ込む自分を見て大野ちゃんは、

「それはやっぱり、弟くんがせんせーの弟くんだからじゃないですかー?」

 その言葉に、正信は視線を道場の反対側へと移す。

「――――シッ」

 鋭い呼気、一閃。

 空気を裂くような上段廻し蹴りが、身長2メートル近い巨漢の頭を、弾き飛ばした。

「ぐぁぼっ!」

 首がひん曲がり、上半身が大きく傾ぎ、そのまま巨漢は地に、伏せた。ずずん、と地響きが起こる。やや誇張表現も入っている気がするが。

「――と、すまん津岡さん。少々やり過ぎてしまったようだな。すまないが誰か、水を入れたバケツとタオルを持ってきてくれないか?」

 長身で端正な顔立ちをした男のその言葉に、道場生が二、三人水のみ場へと駆けていく。その間、女子道場生の大多数が胸の前で指を組み、瞳を輝かせてその男の姿を見つめていた。

 現在武道会において、二つ名と呼ばれるものをつけられている者が、十二人存在する。風車(ふうしゃ)。氷刃(ひょうじん)。煉獄(れんごく)。重山(じゅうざん)。白虎(びゃっこ)。黒牛(くろうし)。赤鬼(あかおに)。青馬(あおうま)。鳳凰(ほうおう)。麒麟(きりん)。龍王(りゅうおう)――

 その中でも、評判、実力がともに最高峰と謳われる【究武(きゅうぶ)】の二つ名を受けし者。

 それこそが今しがた圧倒的体格差の巨漢を一撃の下に地に伏せ、女子道場生の羨望と憧れの視線を一身に受けてなお揺るがないこの道場の主であり、淵己式空手術現当主(えんこしきからてじゅつげんとうしゅ)である、名を尾木戸芳武(おぎと よしたけ)という男であり――

 正信の、兄だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る