4.「空き地の山羊」(サンプル)
駅前は再開発のため空き地だらけで、がらんとしている。風をさえぎるものはない。風が吹くから埃っぽい。まるで西部劇だと叔父さんは笑った。
一番広い空き地には山羊がいる。ここにはいずれ市役所が移転するらしい。草刈りのために放牧されている九頭の山羊たち。動物園から連れてこられた彼らは食欲旺盛で、おかげで空き地はいつもきれいだ。山羊は市の〝臨時職員〟なのだという。〝臨時職員〟が職務放棄してしまわないよう、空き地は高いフェンスで囲まれている。
今日も山羊たちは草を食んだり、とぼとぼ歩きまわったりしている。んべええええ、んべええええ。時折鳴き声を上げるけど、風にまぎれてよく聞こえない。
物珍しかったのは最初だけ。見慣れてしまえばなんてことない。囲いの中で与えられた課題をこなして、排泄睡眠ときどきけんか。山羊と私たちとどうちがう?
「琴美、その頭のとこ、クレーンの先で押してみな。揺さぶれば落ちる」
にやりと笑って叔父さんは百円玉を追加してくれた。棒つきキャンデーをくわえているからあまり格好良くはない。タバコをやめてから飴ばかりなめている。
「……このへん?」
「んん、思いっきり奥までいっていい」
そのエイリアンが特別好きなわけではないし、どうしてもほしいわけでもない。クレーンにさんざん突つかれて、しかし笑顔のままひっくり返っているピンク色のそれは、たしかパズルゲームのキャラクターだ。学校で流行っていた気がするけど、最近学校に行っていないからよくわからない。
「だめだね」
「アームが弱いんだな。ちょっと貸してみな」
一発で決めてやる、そう言って飴をぱりんと噛み砕いた。これも今日の戦利品。
「アームの上にコードが絡まってるだろ。こういうのはクレーンがちょっと斜めに降りるんだよ。……よし、いった」
クレーンがエイリアンに届く前に叔父さんは断定した。言った通りクレーンはぬいぐるみの頭に刺さり、大きく傾く。エイリアンはごろんと転がって落ちてきた。
「すごい」
「すごいだろ」
平日の昼間だから、ショッピングモールのゲームコーナーは閑散としている。おじいさんやおばあさんが幾人か、黙々とメダルゲームをやっているばかりだ。
「腹減ったか」
私は首を振った。お母さんの用意した昼ごはんはいつも量が多い。
「なんだあ、ダイエットか? 子どものくせに」
十三歳は子どもだろうか。子どもだろう。少なくとも叔父さんから見れば。
「叔父さん、クレーンゲームうまいね」
「まあな。これやって給料もらえるんなら、おれは大富豪なんだけどな」
化繊のニヤケ顏が私を見上げていた。エイリアンをつかまえて給料だなんてSF映画みたいだと思う。エイリアンハンター。
「地球上にそんな職業はないと思うよ」
「地球に生まれるんじゃなかったよ」
叔父さんは口をとがらすと、しっこしてくる、と言ってトイレに立った。
一週間前から叔父さんはうちに住んでいる。また仕事を辞めたらしい。叔父さんはむかし役者で、若い頃はたくさん彼女がいて、一時期ものまねバーでちょっと有名になって、お弁当屋さんの社長をしていたこともあって、宝石のセールスをしていたこともあって、ヒヨコを売っていたこともある。今回はタイでメイド喫茶をやろうとしていたが、お金を持ち逃げされてしまったのだと言っていた。
「どうしようもないヨンジュウニサイジねえ」
お母さんは盛大にため息をついた。でも結局は叔父さんのために布団やパジャマを買ってきてあげた。たった一人の弟が南の島で行方知れずになられちゃ困るもの、と。
タイは島国じゃない。お母さんは日本から出たことがないから知らないのだろう。それに最近センチメンタルだ。でも毎日ちゃんと美容室を開けているから、お母さんは偉いなあと思う。
しばらくよろしくな、と言って叔父さんはタイみやげのえびのお菓子をくれた。
「どうせ学校行かないんなら、叔父さんとデートしようぜ」
お菓子の箱はへこんでいた。
(つづく)
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