69話 最終ダンジョン

「本物の姉御さんの具合も心配なので、途中ははしょって、最終ダンジョンに行きましょうか」

 それなりにフィールドをこなし、兄だけデート気分で街をぶらついた後、東村が提案しました。


『合点でございますー』

獏巾着の声がして、一気に周囲の風景が変わります。


 突然、石の壁に囲まれた、暗いところに移動していました。壁に立てられたロウソクが、頼りなさげに揺れています。

「城の中か。よっしゃー!」

 未だにサバイバルナイフを振り回す浪人は、重苦しい雰囲気をものともせず、メロメロメロンの魔法で心も体もやる気十分です。

「……敵が強そうだよな~」

持ち歩くだけで体力を削るスコップのせいで、大福姉御は疲れていました。


 ゲームの定石通り、階段を探して登り始めると、何かわさわさした敵が現れました。

「何でしょう、これ。小さいのが集まっているみたいですね」

「これ……おにぎりじゃ~ん。何で?」

 敵は、三人が嫌悪感を抱くものが参考になっています。東村と大福姉御は、顔を見合わせました。心当たりが無い二人が黙ったままの兄に目を向けると、案の定、兄は嫌そうな顔をしています。


「俺は……おにぎりは……妹か機械が作ったやつじゃないと、食えないんだよ! 汚らわしい、よそのお家のおにぎりめっ!!」


兄が恥ずかしいことを叫びました。


「うわぁ~…」

二人は、いかにもな兄の言動に、どん引きしました。

「あぶっ」

のん気にしゃべっている隙に、おにぎりがものすごい速さで、口目指して突っ込んで来ます。馬鹿な見た目と攻撃ですが、流石に最終ダンジョンなので、破壊力は爆発的です。避けたおにぎりが、壁を貫通しています。


「食えるか、馬鹿野郎!!」

口を狙われた兄は、恐怖も相まって、ものすごい怒りを放出し始めました。怒りのオーラが全身を包み、サバイバルナイフがちょっと長くなったように見えました。

 兄の怒りの前で、おにぎりは無力でした。次々に、ご飯を巻き散らかして、倒されていきます。


「「お百姓さん、ごめんなさい」」


東村と大福ねずみは、農家に謝罪しつつ、グッジョブと兄の健闘を讃えました。


 兄が、かなりのおにぎりを倒しつくしたので、上へと歩を進めます。次の階に着くと、キンキン響く甲高い音が聞こえて来ました。音のする方を目指して進むと、どうやら広間があるようでした。

「ちょっと広い部屋っぽいよ~」

敵を警戒しつつ、三人でそっと顔を覗かせます。


 広間の端から端まで、ずらーっと、同じ見た目の人間が並んでいるのが見えました。


「お兄様――――――! お会いしたかった! 結婚して下さいまし ――――!」


東村の従妹、しずくの大群でした。


 東村は舌打ちすると、高速でライフルを構え、端から順に弾をぶち込んで行きます。そこにためらいは感じられず、近づく隙すら与えずに全て眉間に命中させています。


「……お前のそういうとこ、ほんと尊敬するわ~」


大福姉御は、改めて東村の恐ろしさを垣間見ました。


「仕方なかったのですよ。ゲームですから。心を鬼にしました」

そう言って目を閉じた東村の顔には、すっきりした、と書いてありました。

「誰だ? あの女」

そして、兄の出番はありませんでした。


 余裕でどんどん上に進む面々は、一階分のフロアが全部ブチ抜きになっている階で、立ち止まりました。兄も東村も、何かの気配を感じているようです。大福姉御も嫌な予感がしています。


 ざわっと空気が動いたように感じられた瞬間、四方八方から、ゾンビが現れました。しかも、足が速く、身体能力が高いタイプのようです。


「だと思った~絶対出て来ると思った~。無理、早すぎる~」


東村は、ライフルで応戦しています。

「大福君、ゾンビですから、回復魔法のメロンで倒せますよ!」

「そっか! やってみる~」

メロンは確かに有効なようで、くらわせたゾンビが一瞬で消えて行きます。兄は、リーチの短いサバイバルナイフで、硬い頭蓋骨を刺しては抜いてを繰り返しているので、効率が上がらないようでした。


「お兄~ちゃ~ん、スコップ使って~」


 大福姉御は、ここまで邪魔にしながらも捨てずに持ってきたスコップを、兄に投げて厄介払いしました。


「うぉぉぉぉぉぉー」


兄は、スコップと可愛い妹の声援を手に入れました。


「お、お兄ちゃんだと…? 最高――――!」


 突いてよし、はらってよし、叩いてよし。スコップはゾンビ退治に最適でした。ゾンビにはスコップだ、という姉御の主張が兄によって証明された瞬間です。

 結局、面倒になった東村がタケミの大技を繰り出し、風やら雷やらの強烈コンボで、高速ゾンビ集団は壊滅しました。純粋にタケミの力なのか、ゲーム補正がかかっているのか、微妙なところです。


「さぁ、最終フロアっぽいですよ」

「ラスボスか」

「だね~」


 高速ゾンビ地獄を制覇し、ついに、最後の敵と対面します。

 三人とも、薄々気付いていました…部屋の向こうに隠しきれない赤い巨体がうごめいていることに。


「……あれですよね。お正月に夜更かしして、みんなで映画を見ましたからね」

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