70話 魅了

 ラスボスは、映画で見た赤いドラゴンでした。


「た、倒せるの?」

「流石にでかいな、どうするか」

 三人で立ち止まっていると、竜が首をもたげます。映画では、火を吹く凶暴なドラゴンでした。


「そうだ、大福君。君も何か戦闘能力があるのじゃないですか? 折角最後ですから、何か使ってみたらどうでしょう。突破口になるかもしれない」

 大福姉御は、そう言われても~、と考え込みました。ねずみの自分の戦い方と言えば、思いつくのはしっぽムチですが、今はしっぽがありません。今までに小動物の自分が繰り出した攻撃……そこで思いつきました。


「小動物の可愛さ全開アタ~ック!」

 

大福姉御が、小首をかしげて、丸めた手で顔をこする動作を繰り出しました。

「ぐはぁっ!」

兄には、即効性がありました。


 大福姉御がキラッとピンクの光を放ち、ドラゴンの動きが止まりました。首をぐっと下げて大福姉御を見つめて、頬をピンクにさせています。

「すごい! ラスボスを魅了しましたよ! チャンスです」

 東村が、勝手に魅了された兄の頭を叩き、正気に戻しました。


「てめぇ、妹をエロい目で見てんじゃねーぞ、こら」

兄は、頬を染めたドラゴンに凄みました。巨体相手にも、全く動じていません。

「さて、ドラゴンの脳は、頭にあるのか? 行くぞ、東村。中にぶち込めよ」

「ラジャー」

 ドラゴンに走り寄った兄は、渾身の力でドラゴンの顎に、下から薄くスコップをぶち込みました。姉御も得意な、脳を揺らす攻撃です。脳震盪を起こした様子のドラゴンが、頭をふらふらさせながら、ゆっくり首を上へそらせます。兄は、大ジャンプで、ドラゴンの口につかまりました。

 

 上に反ったドラゴンの頭が、重力で下降に転じるその一瞬、ガバッと開いた口に兄がスコップを突っ込んで、つっかえ棒にして口に隙間を作ります。

 首がぐっと落ちて来ます。兄が飛び降りると、今度は東村が呪文を唱えながらライフルを構えました。そして、下がって来たドラゴンの首と胴体が一直線に並んだ瞬間を狙って、スコップで出来た口の隙間に向けてライフルを撃ちました。


「大福ストライクッ!」


同時に、ださい技名を口走りました。明らかに、以前陰陽師の鬼の腹の中に、大福ねずみをぶち込んだ経験から誕生した技名です。

 

 ドラゴンの腹の中から、ボフンッと大きな音が聞こえ、口から煙が出て来ました。苦しそうに首をしならせながら、横向きに倒れる巨体。

 そして、ドラゴンの体表面が、ザラザラと崩れ始めます。


 天井が無くなり、上空から、光の筋がいくつも射してきました。

 エンディングっぽい曲が流れてきます。


「勝った~! ドラゴン倒した~クリアだ~~」

戦闘で友情が深まったっぽい三人は、何度もハイタッチをしながら歓声を上げました。


『記念写真いきますよ!』


目の前に、獏巾着が現れました。

「えっ、記念写真? 夢なのに~?」

困惑する大福姉御の肩を、ちゃっかり兄が抱き寄せました。


「竜殺し記念だ。笑え、ねずみ」

「そうですね。鬼殺しを超えましたね」

そう言って、カーボーイハットのつばをつまんでポーズを取る東村を見て、大福姉御は笑いました。


 獏巾着が構えた小さなカメラのフラッシュが光ると同時に、辺り一面が真っ白になり、眩しさに目を閉じた三人が次に目を開けた時には、畳の上で寝ていました。夢のゲームから、現実世界への帰還です。


「かなり面白かったな……」

兄が起き上がりながら背伸びをしました。

「改良して、またやりましょう」

東村も、満足げに頷いています。


 二人は、しゃべらない大福ねずみへ顔を向けました。大福ねずみは、畳の上に落ちている紙をじっと見つめていました。

 それは、最後の記念写真でした。

『念写です。初回でありますから、無料でさしあげますよ』

獏巾着がふわふわ浮きながら、楽しかったですね、と笑っています。


「ありがとう。オイラ、部屋に飾ってもらうんだ~。面白かったよな~」


 嬉しそうにお礼を言う大福ねずみの姿を見て、東村と兄も、傍に落ちていた写真を持ち上げて、満更でもなさそうに眺めます。しかし、何かに気付いた二人は、バッと顔を上げて焦ったように大福ねずみへ近寄りました。


「ちょ、待て、お前。妹の部屋に飾るつもりか!?」

「姉御さんに見せるのですか!?」

「見せる~。姉御に全部教えてあげるんだ~。姉御も笑うだろうな~」

 兄は、ゲーム世界で可愛い妹から聞こえてきていた声に惑わされ、写真を取り上げて口止めをすることが出来ませんでした。東村は、どうせ自分は何もしていないので害は無いだろうと考え、放っておくことにします。ばっちり映っている、メイド服の姉御の姿……浪人、カウボーイ、メイドは、コスプレ写真にしか見えませんでした。

 

 後日、話を聞いた姉御は、あまりに嬉しそうに話をする大福ねずみを見て、自分の姿でメイド服を着た暴挙について怒ることが出来ませんでした。馬鹿な兄の様子も、今さら咎めるほどのこともない、いつも通りの兄だったようです。


 しかし、姉御抜きで楽しい冒険に繰り出した東村は、卍固めをかけられました。



 友達も姉御もいて、楽しい毎日を送る大福ねずみは、神様との約束の一年がもうすぐであることを、すっかり忘れていました。というより、詳しい日にちなど覚えて居ようはずがありませんでした……。

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