68話 萌えーな偽姉御

 和服浪人、ガンマン、大福姉御の不思議な夢の旅は続いています。


 ゾンビを倒しながら適当に草原を進んでいると、何かがうずくまっているのが見えました。

「なんだろ、あの銀色のやつ~」

近づくと、それはアパートの愉快なお友達、座敷グレイでした。地面に体育座りをして、顔を伏せています。


「敵じゃないみたいですね」

三人で取り囲むと、座敷グレイは顔を上げました。

「何してんだ、銀色」

兄が頭をべしっと叩くと、兄の顔をじっと見つめました。二発目を食らわせようと手を振り上げると、座敷グレイが口を開きました。


「遺産相続放棄書にサインおくれ」

「あ?」

混乱した兄は、やはり二発目を叩きこみました。


「そうか……あれですよ! 望むものをこちらが与えると、何かアイテムをくれるのですよ」

東村が納得したように、あげてください、と促します。

「欲しがってるものが、ちょと嫌な感じなんだけど~」

大福姉御は、リアルなお願いにちょっと引きました。


「遺産相続放棄書にサインおくれ~」

座敷グレイが、手に持った書類を見せながら兄の顔を凝視して、再びねだりました。

「……わ、わかったよ。これにサインすりゃいいんだな?」

 漆黒の目にガン見されている兄が根負けして、書類にサインしました。


「ありがとう、欲の無い良い人」

 座敷グレイが立ち上がり、こちらに背中を向けました。ダミーだったはずの背中のチャックが、ゆっくりと開いて行きます……中身が気になる三人は、黙って見守りました。

 チャックが開ききると、座敷グレイは自分の手を中に突っ込んで、何かを取り出しました。隙間から垣間見えるチャックの中には、暗黒が広がるばかりです。


「これ、あげる」

兄の前に、サバイバルナイフが差し出されます。

「お、おぅ」

兄が受け取ると、ものすごい勢いでチャックを閉めて、ポンッと煙を残して消えてしまいました。

「ほら~、世界観~~!」

サバイバルナイフを持った和服浪人を見て、大福ねずみはげんなりしました。都合よく、刀は手に入らなかったようです。


「まぁ、武器が手に入って何よりです」

東村がフォローすると、兄は、まぁな、と言いいながら、格好良くサバイバルナイフを振り回しましたが、全く様になってはいませんでした。


「あれ? 向こうの木の下にいるの、Cリーダーじゃない?」

大福姉御が向こうの木を指差しました。再び、武器調達のチャンスのようです。

 三人は喜び勇んで駆けつけて取り囲みましたが、Cリーダーはしゃべりません。

「そういえば、こいつしゃべんないよね~」

意思疎通が出来ませんでした。

「でもよ、東村のことガン見してるぞ」

Cリーダーは、東村の顔をじっと見ながら、徐々に間合いを詰めて来ました。最終的に、己が貫通させた耳軟骨の穴手前で止まります。


「東村のピアス見てるよ~、欲しいんじゃないの~?」

大福姉御の言葉に、東村が苦々しい顔をしました。

「穴を開けるだけに留まらず、私からピアスまで奪おうと言うのですね……くれてやりますよっ!」

東村は、ピアスを地面に叩きつけました。それを拾ったCリーダーは、口をガバッと大きく開きます。そこから、何か出ていました。

「銃っぽいですね」

 東村は、出ている部分を手で掴むと、一気にずるりと引き出しました。

「こ、これは、ウィンチェスター73ですよ!」

 Cリーダーの長さを生かした、古めかしいライフルが出て来ました。それを見た兄も、俺も持ちたい、西部を制するぞー、と二人でノリノリでした。心躍る、伝説の銃のようですが、大福ねずみにはぽんこつにしか見えませんでした。


「いや、もっとさ……新しいやつで、ガガガッて弾が連続で出たりするさ……もういいや」

 近代的な連射武器を期待していた大福姉御は、あまりの二人の喜びように、突っ込むのを諦めました。

 ポンッとCリーダーが消えると、東村がキョロキョロ辺りを見回します。


「大福君のアイテムも、誰か出してくれるはずですね」

「そうだな~」

人影が無いので、手に入れた武器を試しつつ、取りあえず適当に進んでみます。

 少し進むと、遠くに砂埃が立っているのが見えました。それは、どんどんこちらへ近づいて来ているようです。


「うわぁぁぁぁぁぁ~~」

充分視認可能な距離に近づくと、それは、赤兎馬状態のりょうちゃんでした。見慣れることのない恐怖の姿に、突進された大福ねずみは気絶寸前です。


 姉御の誕生会の時のように、兄が爆走するりょうちゃんの額に手を置いて、停止させました。血みどろ四つん這いのりょうちゃんは、大福姉御をガン見しています。

「うわわわ、この姿やだ、怖い~」

大福姉御が怖がると、兄がりょうちゃんにフェイスクローをかましました。

「てめぇ、怖がらせるんじゃねーよ。睨むな、目潰すぞ!」

恐らくお助けキャラであろう、りょうちゃんの危機でした。


 東村は、りょうちゃんが殺される前に何とかアイテムをもらう方法を考えます。

「ちょっと落ち着いて。大福君、りょうちゃんを治してあげればいいのじゃないかな。君は回復系のキャラだし。レベルも上がっているから、何か回復魔法が使えるはずです」

 大福姉御は考えました。しかし、画面にコマンドが出ているわけではないので、どうすれば良いのか分かりません。

「回復魔法て、どうやるの~?」

「そうですね……心の中で回復させようと考えて、何かそれらしい呪文でも唱えればいけるのではないでしょうか」

 大福姉御は、焦りました。想像力の貧困さは、己の現在の姿が物語っています。それでもりょうちゃんが退治されることを恐れ、東村の言う通り心で回復を願い、りょうちゃんへ向けて叫びます。


「メロン~!」


 その瞬間、兄が崩れ落ちました。

 時間差で、りょうちゃんから光があふれ出します。みるみるうちに、怨霊モードが解除され、いつもの清楚で美しいりょうちゃんが姿を現しました。


「ねぇ、何でメロン? 可愛い。何でメロンって言ったの? 可愛い」

兄は、回復魔法で、胸きゅんダメージを負っていました。


「姉御が、風邪でもケガでも、メロン食っとけば何とかなるって言ってたから……」

「そうか、可愛い、そうだね、可愛い」

胸を押さえて地面に膝をついている兄を、二人は冷めた目で見つめました。


「ありがとう。この杖を使って下さいねー」

 りょうちゃんが、大福姉御に大きくて長いものを差し出しました。

「え……?」


長くて、一見、歩くのにも便利そうなそれは、重くて魔法の足しになりそうもないスコップでした。


「何で、スコップ~~!」


大福姉御の叫びも届かず、りょうちゃんが消えてしまいます。

 サバイバルナイフと、古いライフルの方が、まだマシでした。

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