67話 まさかの冒険

 楽しかったクリスマスも過ぎ、あっと言う間に年が明けました。お正月は、アパートに兄も呼んで、餅つきなど楽しみました。兄もすっかり、アパートの面々と仲良くなったようです。

 そして、冬の寒さが和らいできた頃に、姉御が風邪を引いて熱を出して寝込んでしまいました。


「うざいしうるさいから、出て行って下さいねー」

「あっち行ってなさいよ、邪魔ねぇ」

りょうちゃんとバーママが取り仕切る看病部屋から、見舞客が追い出されました。

 追い出されたのは、大福ねずみと、兄と、東村でした。


「うわ~、男三人で追い出された~最悪~」

東村の肩に登り、大福ねずみがグチります。

「こっちのセリフだ、ネズミ」

舌打ちする兄に、うざくてうるさかったのはお前だろ~、と言い返して、二人は臨戦モードに突入しました。

 自分の肩の上から、大福ねずみが技を繰り出しているのも気にせず、東村は何か考え込んでいます。そして、納得したように頷くと、戦う二人にある提案をしました。


「折角だから遊びませんか? 前々から、考えていた遊びがあるのです。何とかモノになっていると思います」

姉御無しで何の予定も立たない二人は、とりあえず同意しました。


 東村に連れてこられたのは、一〇四号室でした。

「獏巾着のとこか~。オイラは結構、遊びつくしたな~」

この部屋では漠の力によって、夢の中で好きな姿になって遊べるので、しょっちゅう足を運んで遊んでいました。

「いえ、新しい遊びです。獏巾着さんとは計画を煮詰めてあります」

 ノックして中に入ると、ノリノリの獏が迎えます。

「どうも~いらっしゃい、いらっしゃい」

座敷に上がり、取りあえず東村の説明を待ちました。


「獏巾着さん、あれをやろうと思います。そろそろ試す時期でしょう」

「やりますか。やってみますか。それでは、三人さんの思考で、ちょいと調整いたしますよ」

 東村は、何やら色々と獏巾着と話し込んでいます。調整が済んだのか、ようやく、兄と大福ねずみに説明し始めました。


「これから、三人で同じ夢を見ます。その世界で、冒険をするのです。ゲームのRPGの世界に入って、実際自分で戦うような感じです。ヘッドギア無しのVRといった感じでしょうか」

「おぉー! 何か、面白そうだな。タクシードライバーが、夢で宇宙海賊になる感じか」

「おぉ~、レディ GO~!」

兄も大福ねずみも、乗り気になってきました。


「戦いがあるので、役割を決めておきましょう。もちろん、自分の好きな姿になれますよ。初めはレベル1ですので、実際の自分の戦闘能力で戦うことになりますけど」

 何になるかな、とノリノリで考える兄と違い、大福ねずみは異議を唱えます。

「ちょ、まってよ~、自分の戦闘能力って、オイラ、ネズミなんだけど。人になっても、何も出来ないじゃんか~」

兄が吹き出しました。

「じゃあ、お前は回復役な。可愛い白魔導士にでもなれよ。俺は、前衛でバリバリ刃物振り回すから」

「それでは、私は遠距離攻撃が出来る感じにしましょう。行きますよ」

「ちょっ、まっ、なっ~」

大福ねずみの叫びは、届きませんでした。

 

 ぶわっと白いモヤに包まれた後にパッと視界が開けると……そこは見渡す限りの草原でした。青い空には、白い雲が浮かび、どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてきます。さぁーっと風が通り、丈の短い草が柔らかそうに揺れて行きます。


「うぉ、俺、かっこいいな!」

兄は、時代劇に出て来るような、和服の浪人の姿をしていました。

「あー、良い感じですね」

東村は、西部劇のガンマンの恰好をしていました。カウボーイハットを嬉しそうにいじっています。

「世界観バラバラ! まずそれを相談すべきだったろ~」

大福ねずみが突っ込みました。

「うるせーぞ、ネズミ! お前こそどんな……」

 兄は面倒そうに振り返りましたが、大福ねずみが変身しているであろう姿を見た途端に、膝から崩れ落ちました。


「なぜですか!? なぜそのチョイス!? 大福君なら、現実離れした我がままボディーを披露してくれると期待していたのに」

東村は、落胆を隠しきれませんでした。

「お前、天才だな。最高だ……」

兄は、感動しています。


 大福ねずみは、メイド服を着た姉御の姿へと変身していたのです。

「とっさで思いつかなかったんだよ! 我がままボディーは浮かんでも、女の顔が浮かばなかったんだよ~。せめて、バリバリ戦闘系の姉御イメージを和らげるために、メイド服を着せるのが精いっぱいだったんだよ~」


 大惨事に見舞われた大福ねずみは、己の想像力の無さに、ちょっと涙目になりました。兄は、泣かせるんじゃねぇよ、と東村のすねを蹴ります。完全に、ニセ姉御に幻惑されています。蹴られた本人は面倒そうな顔を見せましたが、何も言いませんでした。スルーすることに決めたようです。


 嬉しそうに大福姉御を観察する兄は無視して、東村は辺りをぐるっと見渡しました。

「……おや、遠くから何か来ますよ? 敵かな。ちなみに敵は、我々が嫌悪感を持っているモノなどが参考になり、構成されています」

 大福姉御が目を凝らすと、ゆっくり近づいてくるのは、人間のように見えました。しかし、その動き方には特徴がありました。


「うわ~、あれ、ゾンビだよ。どうやって倒すの~? やだよ~」

 大福姉御は、兄のそでにしがみ付きました。ねずみ時のクセで、人にくっつくのが基本形になっています。


兄は、感動しています。


「何か、本物の姉御さんより、女性っぽくて可愛いですね。姉御さんだったら、ゾンビきたーって、絶対喜ぶとこですよ」

東村は複雑な表情を浮かべながら、可愛いな、なぜだ、中身は三十郎なのに、と考え込んでいます。


「大丈夫だ! お兄ちゃんが倒してやる」

 兄は、張り切っています。

「しかし、まだ武器もありませんよ」

東村は、冷静に返しました。どんどんゾンビが近づいて来ると、後ろにもう一体いるのが見えました。


「噛まれる~、二体もいる~食べられちゃうよ~」

大福姉御が逃げの体制で、三歩後ろに下がりました。

「自分の戦闘能力で戦えばいいんだろうが! 東村、後ろのはお前がやれ!」

 大福姉御を守るため、兄がすごいモチベーションで突っ込んで行きました。

「……仕方ないですね」

兄が前方のゾンビに、強烈な回し蹴りをくらわせました。和服に下駄で、無茶な攻撃を仕掛ける男です。東村は、何やら術を唱えて、指先から何かを飛ばし、後ろのゾンビに命中させます。


 攻撃をくらったゾンビ達が、ガガガガガガガ、と倒れて地面で痙攣すると、ものすごい勢いで金貨があふれ出しました。明らかにバグッています。


『ちょっとちょっと、今の無し、無しですよ! 基本値設定低く見積もりすぎて、バグりました』

どこからか獏の声が聞こえてきて、金貨がぽんっと消えてしまいました。


「すごいな~強いな~! 二人とも、見直した~」

大福姉御の言葉を聞いて、兄が天に向かってガッツポーズを繰り出しました。


「このゲーム、最高――――――!」

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