64話 帰ろう
翌朝、旅館に戻った一行は、帰り支度を済ませて車へ向かいました。玄関を出ると、御タケ様と白虎、それにしずくも見送りに来ていました。
「お兄様ったら、せっかく会えたのに! もうお帰りになられるなんて」
しずくが東村に抱き着いて、くねくねしています。
「しずくは煩いですね。ベタベタしないで下さい。あなたはタイプじゃありません。色々最低ですよ、性格とか。陰陽師みたいな戦い方も嫌いです。破門になればいいのに」
東村の冷たい様子に、流石の姉御も少しうろたえました。
「もう、お兄様ったらー」
しかし、しずくには通じていませんでした。
「東村すげーな……女ったらしのお前も見習えよ」
姉御が自分の肩口に向かって言うと、そこにいた大福ねずみはぺっと唾を吐きました。
「オイラもアイツは嫌いだね。姉御に鬼をけしかけやがって~」
タケミ本家での話を聞かされた大福ねずみは、珍しく美人に嫌悪感を示しました。昨晩は「可愛い子ちゃん発見」と追い回していたくせに、いい気なものです。
姉御は、御タケ様と白虎に、お礼と別れの挨拶をします。
「御タケ様も白虎も、ありがとう。また来る。管狐は、ちゃんとしつける」
「こちらこそ、色々ありがとう。あなたを信用して、全てお任せしますよ」
「これからもよろしくな、姉御ちゃん」
姉御は最後とばかりに、白虎にもふもふ抱き着きました。
東村はしずくを引きはがし、父とぎこちない視線を交わすと、車に乗り込みました。
走り出した車の中で、一行はしばらく無言でした。思い返すことが沢山あります。思いがけず、誰にとっても思い出深い旅行となりました。
「そういえばさ、一つ気になるんだけど……東村の来世嫁、どんななの? クワガタフェイスなの? 顔を見てみたい~」
大福ねずみは、東村にとっては思い出したくないであろうほうの記憶をほじくり返していました。
「あぁ……店はもう過ぎてしまったし、たぬきがいるだろうし。そうだ、写真がありますよ」
後部座席に差し出された携帯を姉御が受け取り、大福ねずみと覗き込みました。
「おぉぅ……何だこれ、可愛いな」
「何か……笑えない~。むさい男だろうと期待してたのに~」
写真に写っていたのは、一瞬女の子かと思うほど、可愛らしい顔をした青年でした。
東村がため息をつき、車内が微妙な空気で満たされます。
「もういいじゃ~ん、流行ってるだろ、ボーイズラブ~」
大福ねずみが、面倒そうに言いました。
「駅前で見た酔っ払いが言ってたぞ……ブスな女抱くくらいだったら、可愛い男のほうがいけるって」
姉御も、何のアドバイスにもならない酔っ払いの戯言を繰り出しました。
「もう、そんな簡単じゃないですよ! 漫画じゃあるまいし、男が好きなんじゃない、お前が好きなんだーなんてなりませんよ」
「そりゃ、そうだろうな~。じゃあ、お前が女になればいいじゃんか~」
またしても軽く繰り出された大福ねずみの提案に、姉御が吹き出しました。明らかに、女装したでかい東村を想像しています。
「また適当なこと言って……私にも、長年慣れ親しんできた息子がいるのですよ? 離れるわけには行きません」
「何だよ~、失った分まで、未来嫁の息子と慣れ親しんでいけばいいじゃんか~」
姉御は、下ネタかよ、と突っ込みました。
黙って下を向いてしまった東村を見て、からかいすぎたかと心配になった大福ねずみは、東村の肩によじ登りました。
「……お前、何でうっすら笑ってんだよ……姉御、こいつ、何か危ないこと考えてるよ~!」
大福ねずみは微笑む東村の頬に、戻ってこい、としっぽムチをくらわせました。
「自分が女というのも、想像したらちょっと倒錯的で……」
「……オイラちょっと、お前のそういうとこ尊敬するわ」
後ろから運転席が蹴られて、ガタリと揺れました。
「じょ、冗談ですよ!」
東村が、焦って訂正しました。見ず知らずの美青年の危機は、救われたようです。
田舎の風景の中、スムーズに車は進みます。車内も、旅の終わりのちょっぴり寂しいような静けさに包まれました。そんな中、やけに真面目な声で、東村が姉御を呼びました。
「姉御さん……家族でも、分かり合えない人達は沢山いるでしょうね。でも、分かり合える可能性があると思えて、ゆっくりでも進んでいけるのなら、それは幸せなことだと思います。ありがとうございました。姉御さんもお兄さんのこと……」
「あぁ、わかってる」
優しい声できっぱり答えた姉御の顔を、東村はバックミラーでちらっと覗き見ます。それに気づいた姉御は、ニッと笑顔を見せました。
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