63話 父と息子と
「どうしてこうなった……」
広い座敷には、布団が三枚並んでいました。奥から、御タケ様、姉御、東村でした。気が付いた時には、姉御はサンドイッチされていたのです。
あの後……御タケ様の爆笑を見て驚いた東村が、父が偽物だと取り乱したので、姉御は仕方なく腹パンチをかましました。そして、面倒な親子に向けて、一緒に寝て朝までゆっくり語り合ったらいいじゃない、と言ったのでした。提案が受け入れられて布団が三枚並んだ時点で、あれ? 一緒にって、俺は違うよ? 親子二人だけでってことで、と何度か繰り返しましたが、頑なに御タケ様がスルーするので、諦めるしかありませんでした。
何を言っても無駄だと悟った姉御は、黙り込む二人に助け舟を出すことにしました。
「御タケ様は昔から、笑い上戸なのを隠したくて、笑うのを我慢して怖い顔してたんだってさ」
「そんな馬鹿な……」
落ち着きを取り戻した東村が、ハッと一つ、馬鹿にしたような笑い声を立てました。
「あぁ、馬鹿だよな。笑うと楽しいのに、笑わないで暮らしてたなんて」
姉御が同意すると、また静かになりました。
「私が子供の頃から、ずっとですか?」
独り言を言うように、東村が口に出しました。
「そうだ……そうだよ。すまなかった」
御タケ様も、ぽつりと返します。
「そんな言葉で、簡単に! 私は……」
それきり、二人で黙り込んでしまいました。
沈黙を破ったのは、東村でした。
「私は、父親に恨み言を言うには、齢を取りすぎました。あなたが御タケ様となった年齢を、もう超えているのです。若くして一族を背負った重責。妻に捨てられた悲しみ。残された子供との関わり。苦労があったであろうことが、想像出来てしまいます。寂しかった、恨んでいると、自分本位に素直に責めることは、出来ない。だからこそ、素直に和解することも難しい」
ぽつりぽつりと絞り出されたような言葉を、御タケ様は噛みしめるように頷きながら聞いていました。
「いいのだよ、何を言っても許されるものではない。それでも、ただ、謝りたかった」
御タケ様の、穏やかで優しい声を最後に、再び座敷には沈黙が訪れました。二人とも、もう話すつもりは無いようで、どちらも口を開く気配を見せませんでした。
長い沈黙です。
姉御が、真ん中でモゾモゾし始めました。沈黙に耐えかねているようです。
やはり耐えられないようで、ガバリと体を起こします。
「言えばいいじゃない! 馬鹿野郎、寂しかったぞ、身勝手な馬鹿オヤジがーって! 笑い上戸なんて馬鹿みたいな理由で怖い顔して無視しやがって、子供を何だと思ってやがるって。妻に捨てられて、子供に嫌われて、何が御タケ様だこの野郎って。
親の前では、子供は一生子供だろ! 泣きわめけばいいじゃない!
御タケ様も、ボロクソに言われた方がいいじゃない。そんで、泣きわめいて謝ればいいじゃない。ずっと自慢の息子だったって、一緒に笑って過ごしたかったけどやり方が解らなかったって。大好きだ、許してくれ、これから仲良くしてくれって。あぁ~もう、物分かり良い振りの、そっくり馬鹿親子がっ。ふんっ!」
言いたいことをぶちまけてすっきりした姉御は、満足げに布団に潜り込みました。間もなく、姉御の寝息が聞こえてきます。
馬鹿呼ばわりされた成人男子二人は、似たような顔で苦笑いしました。
「……確かに、お前は一生私の子供だけれど、お互い大人の男だ。姉御さんの言うようにするのは難しいですね」
「……当人の前でこれだけはっきり言われて、否定も出来ないのじゃ、やったも同じでしょう、恥ずかしい。タケミの頭首が馬鹿呼ばわりされて、いい気味ですよ」
話しているうちに笑いが込み上げてきた東村は、言い終わる頃には、はははは、と声に出して笑っていました。
「そうですね……天才などと呼ばれている頭首が、形無しですよ」
御タケ様も、穏やかに笑いました。
「自分の記憶の中の過去が、思っていたよりもマシになることがあるのですね……あなたとのこれからの関係も、簡単には行きませんが……話ぐらいは出来るかもしれません。恨みごとが多くなるでしょうが」
東村の言葉に、御タケ様は、目頭が熱くなりました。
いつの間にか、座敷にはふわふわと、ケサランパサランが漂っています。東村が子供の頃から欲しくて探し回っていた、幸せを呼ぶケサランパサランです。
「ケサランパサランは、幸せに寄ってくるのか……」
御タケ様が、鼻をすすりながらつぶやきました。
「いえ……姉御さんが寝ぼけているようです」
天井付近に、姉御とケサランパサランの塊が漂っていました。
御タケ様は、吹き出して、肩を震わせました。
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