59話 観客は大事だよ

 タケミ本家門前、事情は不明ながら、バトルが開始していました。しかも、姉御の眼力でキャンキャンは逆上しています。姉御は、女の子と戦うのは嫌だったのですが、逃げるコマンドは使えそうもありません。


「我が家来で、ぶちのめしてくれるっ。死んだとしても、あんたが悪いのよ!」

相手が勝手に盛り上がって参りました。

 キャンキャンが何か唱えたり振りつけたりしてふだを投げると、すっと隣に人影が現れたようです。それと同時に、白トラが、姉御をかばうように前に出ます。

「やりすぎだ! 鬼を出して何をするというのだ。この人はおんタケが招いた客人だぞ」


 鬼という言葉に、姉御がピクリと反応します。じっくりと、キャンキャンの隣にいる者を観察すると、確かに角がありました。

「なんだよ、人間みたいな鬼だな……ロン毛似合ってねーし」

姉御が口に出すと、キャンキャンが甲高い笑い声を上げました。

「より人型に近い見た目の方が、鬼は強いのよ。私の鬼は美しいでしょう? 人の身で、百の人間を殺し、食ったことで鬼になった……古の魔物よ」


 姉御には、黒髪ロン毛で、少女漫画に出てきそうなやさ男に角が生えたように見えました。経験から、黒髪ロン毛というのが、姉御のしゃくに障りました。

「タイガー、あれは悪い鬼なの? 倒していいロン毛なの?」

姉御に尋ねられて、白トラは困惑しました。

「……いいよ」

危険でしたが、取りあえず面白そうだという気持ちが勝ってしまい、許可してしまいました。


「やってごらんなさいよ!」

「よーし! キャンキャンうるせー、かかってこいやー」

 姉御のスイッチが入りました。

 それと同時に、周囲からケサランパサランが集まって来て、姉御の周囲を旋回しだします。パンツ一丁事件を反省し、みんなで考え出した新しい形態でした。近くを回ってて、あとは臨機応変に、形態です。


 鬼が音もなく、少し浮遊した状態で真っ直ぐに突っ込んで来ます。余裕があるのか、薄っすら笑みを浮かべていました。

 「てめぇー、ラリアット狙いか!?」

 姉御は、鬼がぶち当たって来る寸前に上体を低くし、右ひじを鬼の鳩尾へ突き刺しました。ダメージを与えつつ右ひじの角度を上方へ向け、相手の勢いを上へと逃がし、鬼の体を跳ね上げました。勢いがあった分、鬼は派手に空へ打ちあがります。


 鬼は鳩尾へのダメージで、ガハッと呻いています。この機を逃さずに姉御がジャンプすると、ケサランパサランは姉御の背中で大きな羽となりました。

 一瞬で咳き込む鬼に追いつくと、ラリアットをするように片腕を首へ回し、己の体重とケサランパサラン加速を乗せて、遥か地面へと、一気に背中から叩きつけました。


 姉御が飛びのいて距離を取ります。

 しばし猶予をやると、鬼はゆらりと立ち上がりましたが、ダメージが抜けずふらふらな状態です。


「よっしゃー、いくぞー」


掛け声を合図に、ケサランたちが背中から退避して、姉御が走り出しました。鬼へ、トドメの技を仕掛けるようです。

「ウラカン ラナ インベルティダ!!!!」

今度もやはり、ロン毛陰陽師を沈めた技でした。

がっちりきっちり、素早くなめらかに、そして力強く、技が決まりました。


 仰向けになった鬼に馬載りになった姉御は、足を抱えてそのまま押さえ続けましたが、どうにも爽快感がありません。


「つーまーらーんー……」


姉御が、フォールを解きました。歓声も無く盛り上がりに欠けていたので、やる気が無くなってしまったのでした。

 東村と大福がいれば大喜びなのにな~と、ケサランパサランに話しかけています。そして、ため息を一つ吐くと、地面に倒れている鬼の横にしゃがみ込みました。


「おい、お前。おいって! 起きてんだろ」

頭をスコンと叩きました。鬼がのそのそと体を起こします。流石に体は頑丈で、命に別状は無い様子ですが、完全に精神は折れた目をしています。

「正座しろ。そして、とりあえず食った百人にわびろ。百回、ごめんなさい言え」

鬼が下を向いて、ぶつぶつと独り言を呟きながら不貞腐れているので、姉御は地面をだんっと踏みしめました。


 鬼は急いで正座して、ごめんなさいを始めます。高速ししおどし状態で、連続で額を地面にブチ当てています。


「跳ね上げ式、いや、突き上げ式 ジャンピング バックブリーカー ドロップかな」

姉御は土下座鬼の横で、先程繰り出した流れ技の名前を考えているようでした。


 あっと言う間に、鬼は倒されてしまいました。

 茫然としていたキャンキャンが我に返り、隙をついたようにふだを放ります。ふだが姉御へ向けて飛び込んで来た瞬間、ずっと姉御の首で大人しくしていた管狐が、札を蹴散らしながら空を切り、巨大化してキャンキャンに牙をむきました。普段の愛らしい姿から一変、獰猛な狼のような顔と鋭い爪、大きく開けた口から覗く牙は、キャンキャンの首など一撃でちょんぱごっくん出来るレベルです。キャンキャンは、悲鳴を上げて固まりました。


「……待て、噛むな」

 姉御が静かに口を開きました。


 それを聞いた管狐は、凶暴な姿のまま姉御の元へ戻ります。姉御は、ありがとな、とお礼を言いながら、管狐を優しく撫でました。

「お前、タケミの管狐なんだろ? 良く分からんけど、キャンキャンはタケミの人だろ。噛んだらお家に帰れなくなっちゃうかもしれないぞ」

姉御に優しく撫でられて、管狐はしゅっと元の愛らしい姿へ戻り、再び首に巻き付きました。


「……で、何の試合だったっけ?」

間の抜けた姉御の問いに、今まで黙って様子を見ていた白トラが、大声を出して笑い始めました。

「ははは、まさか鬼を倒してしまうとはな! 助けに入ろうと構えていたのに……なぁ、御タケ」

白トラが振り向いた方を見ると、男の人が立っていました。


 清浄そうな空気をまとい、しなやかな長身を和服で包んだ様は、大人の男の色気を感じさせました。

顔を見れば、東村の父であろうことは一目瞭然で、ロックを捨てて和風に美しく老いました的な東村の顔でした。

 現在のタケミ頭首、御タケ様のようです。

「……失礼をお許し下さい、お客人。さぁ、こちらへ」

姉御を招待した、ご本人の登場でした。

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