57話 お呼ばれ

 東村の軟骨ピアス開通&オイラ達ヴァンパイア記念の翌日、姉御は朝食を取るなり、仕事の電話をするからと、一人でロビーへ行ってしまいました。電話片手にノートパソコンを見て、忙しそうにしています。邪魔をしてボコボコにされると大変なので、東村と大福ねずみは、ドライブへ出掛けることにしました。


 平日のせいか、山の中腹をなだらかに半周する観光用のドライブラインには、他の車は見当たりませんでした。貸し切り状態で、空と麓の景色がよく見渡せる道を優雅に進んで行きます。


 途中の小さな展望台で車を降りた二人は、麓の村を見下ろしました。自分たちよりも低い中空で、トンビがピィーと、ゆっくり旋回しています。山の麓に近い辺りは、土がむき出しの冬の田んぼが広がっていて、そんな中にぽつりぽつりと民家らしきものが見えました。遠くの方は国道に近いせいか、建物が多く並んでいます。スコップを買ったスーパーセンターも、遠くに小さく見えました。


「静かでいいところだな~。山には小さい滝もいっぱいあるし、オイラ、好きだな~」

己の肩に載っている大福ねずみの言葉に、東村も頷きました。

「この辺りはメジャーな観光地ではありませんから、のどかで静かですよ。温泉街も、有名ではありません。そんな温泉街からも離れているうちの旅館は、そう簡単には売れないでしょうね」

東村が寂し気に言うと、一気に景色が、寒々としたものに感じられます。


「もったいないな~、いい旅館なのに。オイラ、気に入ったんだけどな~」

「そうですね…まぁ、もともとタケミ一族を訪ねて来る客用に建てられたのが初まりですから。交通の便が悪かった大昔は重宝したのでしょうが、今は東京からでも、日帰りできますからね」

そんなもんかな~と大福ねずみがぽつりと言ったきり、二人で黙って景色を眺めます。


 突然、眼前を下から上へ、何かが横切りました。驚いて見上げると、頭上でトンビが飛んでいます。

「さっき向こうで飛んでいたトンビが、こっちへ来たのかなー」

のんびりと口にした東村の肩に、グッと大福ねずみの爪が食い込みました。

「ちょ、馬鹿か! オイラを狙ってるんだよ! 狙いが狂ったら……今度こそお前の耳、穴程度じゃ済まないぞ~」

東村は車までダッシュして、早々にエンジンを掛けました。


 耳と大福ねずみの無事に安堵しつつ旅館に戻ると、姉御も一区切りついた様子です。そろってゆっくり昼食を取っている時、途中で女将が現れました。

「お食事中に、お邪魔しますよ。姉御さん、御タケ様がお会いになりたいそうです。昼食後、管狐を連れて、御一人でお越し願いたいと」

名指しされた姉御は素直に頷きましたが、東村が顔色を変えて立ち上がりました。


「は? 女将、どういうことですか!? 私も行きますよ! タケミの管狐のことだったら、私がきちんと説明します。姉御さんのことも、私の方から紹介します」

トゲトゲした口調でつっかかる東村を、姉御は興味深そうに観察していました。

「坊ちゃま! 姉御さん御一人で、とのことです。何も心配するようなことはないじゃありませんか。お会いするのは、あなたのお父様でしょうに」

女将は軽い口調でいなしましたが、東村の目つきは一層険しくなりました。


「父が姉御さんに、失礼なことを言うのじゃないかと心配なのですよ。冷たい堅物ですからね。あの目で見られるだけでも、大概の人は不快ですよ」

再び噛みついても、女将は慣れたものなのか、まともに取り合わずに行ってしまいました。


「大丈夫だ、一人で行ってくる」

立ち上がった姉御に大福ねずみが駆け上ると、お前もダメだ、と机の上に降ろされてしまいます。

 姉御の背中を目で追いつつ、険しい表情を崩さない東村を見て、大福ねずみも不安になってきました。


「何だよ~、お前の父親、そんなにやばいのかよ~」

「厳格で、真面目で、面白みのない父ですよ」

吐き捨てるように言った東村とは対照的に、大福ねずみは緊張を解きました。

「なんだ……そんな相手に会ったくらいで、姉御はビクともしないだろ~」

ほっとして見せると、東村がゆっくりとしゃがみ込んで、大福ねずみの眼前へ顔を寄せました。


 無表情な白目です。


「……呪いの腕前は、歴代御タケ中最強と言われています」

大福ねずみは、うげぇ~、と言ってから、東村の頬にしっぽムチをくらわせました。

「その顔やめろっ」

 東村の様子を見る限り、どうやら親子間の確執のようです。その証拠に、ブチ黒もブチ白も、いたって平和にくつろいでいます。大福ねずみは、姉御が呪われたり、鬼をけし掛けられたりするようなことは無さそうなので、無駄に心配するのはやめました。

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