56話 危険な新入り

 宿に戻り、姉御と大福ねずみが温泉にゆっくり浸かっていると、再び、「ウンコは付いてないけど斑点が薄くなった」というコントが繰り広げられましたが、既に慣れてしまった二人には特別な感動はありませんでした。むしろ、没個性へのカウントダウンで、ため息すら飛び出す始末です。


「順調に、斑点が消えてるよね~」

「そうだな。愛について悩んでた頃が、馬鹿みたいだな」

二人は楽しくて幸せで全てが順調な気分で、緊張感を無くし、油断しきっているのでした。


 後の夕食では、大福ねずみが楽しそうに、お宝発見の話をして聞かせました。嬉しそうに話す大福ねずみと、満足げに相槌を打つ姉御を見て、東村も幸せな気持ちになりました。我慢しましたが、目頭が熱くもなりました。初めて自分の元を訪ねてきた二人を思い出せば、東村にとっては余計に感慨深いものがありました。

 それと同時に、不安も湧き上がります。それは、大福ねずみといることで姉御に何かが起こるという、自分が感じた予知から来る漠然とした不安です。しかし二人は、東村の予知などお構いなしで、確かな絆を育んだようでした。


 東村は、どうか二人に幸せな結末をと願わずにはいられません。そして、自分も二人のように、自分なりの幸せを見つける努力をしなければならないような気持になりました。


「私も二人を見ていて、ただ近くにいる幸せを感じたくなってしまいました。ちょっと前から考えてはいたのですが……そろそろこちらの田舎に戻ろうかと思います。タケミ本家がこの旅館を売却するようなので、いい機会かもしれません。都会から温泉へ里帰りという楽しみが無くなるのなら、心機一転、いっそこっちに戻ってしまってアパートでも探そうかと。まぁ、姉御さんのアパート程、素敵なところは無いでしょうし、皆さんと離れるのは寂しいですけどね……」


 宴会も終わりに近づいた頃、ぽつりと飛び出した東村の言葉に、ピタリと皆が動きを止めました。場の空気の激変に驚いた東村は、慌てて口を開きました。

「いや、すぐでは無いですよ。来年ぐらいです……来年」

「もう冬だぞ! 来年はすぐだろ!」


 姉御が東村に向かって吠えると、ボス管狐が東村へ向かって飛びかかりました。一瞬のことに驚いた面々が目を向けると、東村の耳から、ボス管狐がぶら下がっていました。


「いだだだ、耳を噛まないで! ピアスはいらないから。しかもそこ、軟骨ですよ」

ピアスはいらなくても、確実に穴は貫通間近です。


「鼻毛抜けたし、新しいインパクトになるんじゃない~?」

大福ねずみは、適当なことを言いました。


「たすけられにゃい、そいつ、強い」

主人想いのブチ黒は、焦ったように東村へ前足を伸ばしましたが、結局何も出来ずに降参してしまいました。


「無理、こわい、眠い」

ブチ白は、そもそもやる気がありませんでした。


 唯一、言うことを聞かせられる姉御は、何か考え込んでいる風で、黙ったまま眉根を寄せて腕を組んでいます。


「ああああ、メリメリって、姉御さん――――!」

「あっ、すまんすまん。めっ!」

姉御の幼子を叱るような一言で、管狐はあっさり離れましたが、残念ながら、東村トンネルは開通していました。


「こら~、もう、友達は噛まないでくれよ」

ぬるいお叱りに、管狐は素直に頷いています。

「そんな簡単に……その命令、これからはどんなモノにも、緊急の最重要で下しておいて下さい。お願いします」

「たのむよ~」

「お願い、するにゃ」

出血した東村の耳を見て、皆の気持ちが一つになりました。

「……お、おう」


 姉御は、皆に詰め寄られた罪悪感を拭おうと、グラスの酒を一気にあおりました。

「そのコップ、管狐、牙の血、洗ってたにゃ」

ブチ黒が焦って言うと、既に酒を飲み下した姉御は、半目で停止しました。

「うぇ~東村の血、飲んだのかよ。姉御、お腹ピーピーになるよ、かわいそう~」

楽しみに取っておいたリンゴを高速で齧りながら、大福ねずみが見せかけの同情を示しました。


「リンゴも、血、落ちてた」

ブチ白は、満面の笑みでした。


「うぉら~、管狐~、かかってこいや~~! むさい男の血なんぞ舐めさせやがって~~~~! 美処女の血、持ってこいや~~~~! 美処女のでも、血なんぞ舐めたくないわ~~~~!」

 大福ねずみが吠えました。


 怒りのノリ突っ込みの気迫にやられた管狐は、このねずみには逆らうまいと、心に決めたのでした。

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