55話 こうやって増えたのね

 しっかり半月の滝を目に焼き付けた後、暗くなる前にと帰路につきます。帰宅を望んだケサランパサランをリュックに詰めて、東村と約束した駐車場へ向かいます。心なしか、リュックは大きくなりました。


 帰路でも反則を駆使して、あっという間に駐車場に着きましたが、東村はまだ来ていないようです。仕方がないので、すっかり存在を忘れていたジュースとおやつを楽しみました。

「遅い~。暗くなってきたよ~」

待ち時間も楽しいおやつタイムで乗り切れていましたが、流石に時間が経ち、夕日はすっかり沈んでしまったようです。


「暗いから、あっちの外灯の下に移動するかー、あっ? っんん?」

姉御が立ち上がると、ぱっと周りが明るくなりました。一瞬、車が来たのかと思いましたが、明るいのは姉御の周辺だけのようです。

「あ、姉御? 首んとこで、何か光ってるけど?」

「んー……?」

姉御は、ごそごそと首元を探って、何かをずるりと掴み出しました。


 何かが、ぶらーん、と垂れ下がります。

「そ、それ、見たことあるやつに似てるんだけど~……オイラ途中から、姉御はいつの間にマフラーを巻いたのかなぁって思ってたんだよね……」


「おぉ……Cマーブルズ……管狐だっけか。いつのまに」

いつの間にか姉御の首に巻き付いていたのは、アパート裏庭のレゴらに住む管狐にそっくりな生き物のようです。


「でも、あいつらよりでかいし、色も白じゃなくて薄茶色だよ。足先と尻尾の先っちょが黒いし。おしゃれ種? いつの間に首に巻き付かれたわけ~?」

「全然気づかなかった……やたら首が温かかったような……おぉ、光ってるのはこいつの鼻だぞ! LED並だ! すげー明るくて便利な不思議な鼻です!」

姉御がそう言うと、管狐は嬉しそうにうねってから、再び姉御の首に巻き付きました。


「そこだと眩しいから、頭んとこで光ってくれ」

すんなり言いなりで、管狐は頭へ移動しました。

「山に住んでた管狐が付いて来ちゃったのかよ。こいつも姉御から離れないわけ~?」

「まぁ、もう一匹ぐらい増えても構わないよ。便利な鼻で面白いし、でかくて太くて強そうだし。俺んとこに来るか?」

姉御が頭へ手を伸ばすと、管狐が頭を擦りつけてLEDが点滅します。

「来るみたいだね~……」

「点滅で返事したぞ、こいつ! あはははははは」


 嬉しそうに笑う姉御を見て、大福ねずみが呆れたようなため息を吐きました。こういう軽いノリで、おかしなモノどもをどんどん抱え込んで行く姉御の未来が見えたような気がしました。


 しばらく管狐で遊んでいると、ようやく東村の車がやってくるのが見えました。

「すいません! 遅くなりました!」

珍しく焦った様子の東村は、どこかがいつもと違う感じがしました。

 何かに違和感を持った二人は、東村の謝罪を流しつつ様子を伺います。顔を見合わせて首を傾げながら後部座席に乗り込み、運転席の東村を見つめました。


「うっ……ちょっと眩しいので、その頭のLEDライト消してください」

東村が後ろを向くと、管狐ライトが東村の顔面を照らし出しました。

「あぁ~~~~、鼻毛が無い!」

大福ねずみが叫びました。


 東村の違和感の正体は、それでした。

「ほんとだ……面白味のない、ただの、ロッカー風の良い男になってるな」

姉御の感想は、褒めているのかけなしているのか微妙なところです。


「やはり気付きましたか……流石ですね。ちょ、LED眩し……」

 東村はLEDを消そうと手を伸ばしましたが、指先に痛みを感じてすぐに腕を引きました。引っ込めた手には、ずるーっと長い物がくっついています。

「え? あぁ? これは、管狐……しかもこれ……」

「どっかでひっついてきた」

明るく言った姉御に、東村は吹き出しました。


「これ、タケミ本家の特別な管狐ですよ。当主の命令さえ無視する、めったに顔も出さない問題児です。しかし管狐としては齢を経たボス級なので、家来にしようとして返り討ちに遭った者が沢山いるのですが……そうですか、姉御さんのところに来ましたか……父にも懐かなかったのに、愉快、痛快ですね」


「へぇー、タケミのボス級か……おい、いい加減に噛むのやめろ! LEDもオフ!」

 姉御が管狐を引っ張ると、素直に言うことを聞きました。その様子を見て、再び東村は笑い出しました。


「……で、鼻毛は~」

東村の気分が上がったチャンスを逃さず、大福ねずみは攻め込みました。


 ゆっくり車が動き出します。笑いを収めた東村は、余程触れられたくない話題なのか、なかなか口を開きません。


「たぬきに、抜かれた」

ブチ白が、口を滑らせました。


「だんご屋、来世嫁守る、たぬき、いる」

滑り続ける口は、完全に故意のようです。


「三匹いる、長男ボス、強い」

まだ滑りそうです。


「術使う、特別たぬき、御主人の鼻毛、抜いた、ププッ」


「わかった、わ~かった。もう許してやれ」

姉御の温情で、ブチ白は止まりました。


「……そういうことです」

恥ずかしい話を暴露された東村が、強引にまとめに入りました。

「りょ、了解~」

理解しがたい話でしたが、大福ねずみも労りを見せました。それでも、いつかは詳しく問い詰めたい内容です。


 通常なら、鼻毛をたぬきに抜かれたという意味不明さで爆笑の嵐ですが、来世嫁がからんでいるかと思うと、流石に哀れで笑えませんでした。


「姉御さん、今日は飲みましょう!」

「あ、あぁ……日本酒、鬼殺しで頼む」


機転を利かせた姉御のリクエストに、東村が吹き出しました。

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