54話 オイラの大切

 姉御はよほど驚いたのか、ヒュッと大きく息を吸いこみました。

「あげるって、お前……それ、大切な宝物だろ? いいのかよ」

「いいのだよ~」

 姉御は、泣き笑いのような顔をしました。


 そうか、そうか、と何度も言って、目を固くつむります。

 たくさん頷いた後、終いには嬉しそうな笑顔を浮かべました。

 大福ねずみも、同じように、笑いました。


「こんなに嬉しい贈り物は初めてだ……ありがとう」

「オイラもだ~~~~!」

大福ねずみの大きな声は、木々に響き渡り、山に染み込み、沢山のものに喜びを誇るようにこだましました。


「姉御、一緒に滝を見ようよ~」

「そうだな」


 涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃな二人でしたが、満面の笑顔で滝へ戻りました。

「うわっ」

 いつの間にか、滝の周りはケサランパサランでいっぱいになっていました。木の枝にも、地面にも、空中にもふわふわ漂っています。リュックにいたモノ達だけではなく、付近から沢山集まって来ているようです。

「うわ~、雪みたいだね~! かなり大きめだけど」

「あぁ、綺麗だな……」

滝の良く見える位置に、腰を下ろします。


 ぽっかりと切り取られたような、真っ白な世界。繊細な滝の音と、幻想的な水の飛沫。

 言葉もなく、じっと二人で半月の滝を見つめました。


「ケサランパサランは、楽しく皆でおしゃべりしてるみたいだな」

姉御が、近くの二、三匹をふわっと空へ放ります。

「オイラ分かるよ、きっと姉御のことだよ。仲間が一緒に鬼を倒した猛者を見に来て、テンション上がってるんだよ」

「マジか!? おーい、また一緒にやろうな~」

姉御の言葉に、ケサランパサラン達が一斉にふわっと跳ねました。

「あわわ、ははははは」

姉御と大福ねずみも、一緒に浮きました。


 二人にとって、最高の日でした。どこにもない、特別ですばらしい風景。素敵な宝物と、それに勝る特別な人。この石の光のように、世界は柔らかく、優しい黄色い光で満ちているように思えました。


「オイラが人間だった頃に姉御に会っていたら、どんな風だったかなぁ~」

「どんなって……取りあえず、ぶっとばしてただろうな。女の乳ばっかり追いかけまくってたんだろう?」

 大福ねずみは黙りました。旅に出て、方々の女性に子供を仕込んだ前科があります。現在も絶賛巨乳好きの自分では、反論しようもありません。

 でも、と考えます。


「でもさ、旅に出る前に姉御に会っていたら。途中でもいいんだけど……そうしたらオイラ、旅も女遊びも止めたんじゃないかな~」

「何でだよ」

「だってさ、姉御と一緒にいたら、毎日楽しいじゃんか~。オイラはさ、姉御がさらわれた時も追いかけて行ったし、自分が巨乳ギャルに連れていかれた時も、姉御の所に戻ったんだよね~。それって姉御が大事だってことだよ。姉御といるのが一番楽しいんだ。姉御がいるなら、巨乳ギャルも、宝物の石だって……いらないんだよ~」


 姉御は、ポケットから石を取り出して見つめました。大福ねずみを癒していた、優しい黄色い光。三十郎が、優しく慈しんだ石です。

「俺もさ、お前がいなくなるのは嫌だし、何よりも大切だ。お前がいなかったら、何もかもがつまらなくなってしまうだろうな。お前が石を大切にしたように俺を想ってくれてるのいるのだとしたら、俺は自分を誇らしく感じるよ。自分に価値があるように思える」


「オイラだってそうだよ~。姉御はさ、優しくて素敵な人なのだよ~。そんな姉御に何よりも大切だって言ってもらえるなら、オイラだって捨てたもんじゃないよね~」


ふふふ、と笑った大福ねずみを見て、姉御も優しい笑みを浮かべました。


 大切な者に、大切にされる幸せ。

 大福ねずみは、自分が人間だったならばと考えます。自分に与えられる、温かい姉御の体温。自分の体を包み込み、何より幸せを感じさせてくれるもの。


 自分に人間の大きな体があれば、ぬくもりで姉御を包んであげられるのに。

 自分に人間の手があったならば、姉御の冷えた手を温めてあげられるのに。


「オイラは姉御に、何もしてやれないよね~」

寂しそうなつぶやきを聞いて、姉御は大福ねずみの頭をつつきました。

「そう思っているのはお前だけだ。俺はそうは思っていないから、ふんぞり返って一緒にいればいい」

「そんなもんかな~」

「そんなもんだ」


 姉御がそう言うのならば、それでいいかと思えるのでした。人間だったならば、四六時中姉御とくっついてはいられないもんね、と。

 ただちょっと、同じ目線で肩を並べて歩けたならば、それもまた素敵なような気がしました。その時は、自分の方が背が高ければ、もっといい。そんなことを思うと、耳の裏がくすぐったく感じます。


「しかし、俺がいれば巨乳ギャルもいらないっていうのは、信じられないな」

「……み、見るだけだから~」


 やっぱり、目の保養は必要でした。

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