49話 東村の秘密

 温泉へのドライブは、順調でした。

「暇だな~、姉御、何かお話してよ~」

幼子の寝入りばな的な大福ねずみの無茶振りに、姉御は、そうだなーと少し考え込みます。

何か良いお話が思い浮かんだようで、一つ咳払いをした後に話し始めました。


「むかしむかし、ある荒野に、棺桶を引きずりながら歩く一人のガンマンがいました」

「ちが、ちょっと! 求めてるものと違う! 何、それ~」

物騒な内容に慌てた大福ねずみが突っ込みました。

「映画ですね。かなり痛快、予想外なマカロニウェスタンの傑作です」

何でも解説可能な東村が、少ない情報からお話を特定しました。

「はぁ~? 映画~? 映画一本分話すつもりだったのかよ~」

姉御は、駄目なのかよーと口を尖らせた後、渋い西部劇風鼻歌を歌い始めました。


「ところで、東村は何しに行くの~?」

 姉御での暇つぶしに見切りをつけた大福ねずみは、今更な質問を繰り出しました。

「今さらにゃ」

生意気なブチ白には、ケサランパサランアタックをブチ込んで黙らせます。

「私は月に一度くらい、実家のほうに人に会いにいっているのです。色々事情がありまして、会うというか様子見というか……そうだ、西部劇が駄目なら、私がちょっと昔話をしましょうか。嫌でなければ……」

 東村がいつもより少し硬い感じだったので、大福ねずみと姉御は、黙って頷きました。

 

 それでは、と咳払いをして、話し始めます。


「昔々、大福君の前世よりも、ずっと昔の話です。ある男が、山で特別な修業をしていました。男は、人でありながら神の理を求めて、人間らしさの全てを捨てて生活し続けていました。

 

 山にこもって百年、体は骨と皮ばかりで、体毛もまばらに長く伸び、目ばかり爛々と輝く様子は、もはや人間のものではありません。それでも生き続けているということは、修業の成果が実っていたのでしょう。ある日、山の霞を纏い、空を飛べるようになった男は、上空から人々の生活を見て回るようになりました。

 

 感情すら捨てた男には、もはや、懐かしく思えるものは何もなく、醜悪な行いへの嫌悪感すら抱けませんでした。しかし、ただ一つだけ、村はずれで両親に虐げられている若い娘の白い顔が、目に焼き付いて離れません。空を飛ぶ度、娘の様子を伺いました。父親は心を患っているようで、母親は気力も優しさも持ち合わせていないような人間でした。

 

 娘を見かけてひと月程経ったとき、大変なことが起こりました。

 夕暮れの空からいつものように娘の家を見下ろすと、突然、裸同然の娘が飛び出してきて、その後ろから武器を持った父親が追いかけてきたのです。

 娘が、川岸で転びました。


 娘が殺されると思った男は、地上へ降り立って父親に飛びかかり、力いっぱい殴りつけた後、川へと放り投げたのでした。そして、転んだまま呆然としている娘に、手を差し伸べました。


 娘と手が振れた瞬間、男は、体が重くなるのを感じました。それは、百年の修業が無に還った証拠でした。いつの間にか、この娘に同情する心が芽生えていたのでしょう。そんな余計な感情が、男を人間に戻してしまったのです。


 『体も、魂も、人間に戻ってしまった』


 男は泣き出しました。娘は、ようやくじっくりと、間近で自分を助けてくれた者の姿を認識し、その恐ろしい姿に体を硬くしました。しかし、静かに泣き続ける男を見るうちに、やがて娘も悲しそうな表情を見せたのでした。自分を助けたせいで、男が大切な何か、そして全てを失ったのだと悟ったのです。


 男の体から、煙が上がり始めました。徐々にもやとなり、消滅して行っているようです。人間としての肉体は、とうに寿命を迎えていたのです。娘は、消えゆく男の手を、夢中で握りました。


『この御恩は忘れません。せめて、来世でお会いしましょう。人間の男性として生まれて来て下さい。そして私を、妻として下さい』

二人は黙って、見つめ合いました。男の体は、今にも消えて無くなりそうです。娘は、男を励ますように、必死で笑顔を見せました。


 『あの……、鼻毛が出ておりますよ』


娘のその言葉を最後に、男は消えてしまいました」

 

東村は黙りました。話は終わりのようです。

 

 姉御と大福ねずみは、舌の上に、思い切り歯磨き粉が載ってしまったような顔をしました。

「鼻毛の落ち、必要あった?」

恐る恐る、大福ねずみが口を開くと、姉御は難しい顔をして唸りました。

「……お前、自分の話だろ? 鼻毛村」

姉御の言葉に頷いた東村を見て、大福ねずみは、どういうことだよ~と混乱しました。


「私の、ずーっと昔の前世の話です。そして私は、ずーっと、人間の男として生まれてきているのです」

「マジかよ~、ロマンだな~。約束の相手がいるのか~」

東村は、静かに首を振りました。

「私が生まれ変わるたび、必ず娘と出会いました。しかし、娘が人間の女として生まれてきたことはありません」

「は~?」

 姉御と大福ねずみは、顔を見合わせました。東村が言っていることが、すぐには理解出来ません。


「娘は、魚、クワガタ、猫、ミミズ、クワガタ、鳥、クワガタ……などなど、色々なものに生まれ変わった姿で、私の前に現れました。残念ながら、出会えば分かってしまうのです。そして私は、娘と約束した記憶と、クワガタ等でガッカリした記憶だけを前世からずっと引き継いで、生まれ変わって来ているのです」


 車の中は、微妙な静けさに包まれました。大福ねずみは、出て来た回数が多いクワガタショックでの笑いをこらえるのに必死でした。


「しかし、この度やっと、娘が人として転生していたのです。十年ほど前に出会えました。現在は実家の山のふもとで、団子屋さんを経営していましてね……月に一度は顔を出すようにしているのです。なので、今回の里帰りも、そういう事情なのですよ」

「うわ~良かったわ~、悲惨な話かと思って緊張しちゃったよ~。オイラも見てみたいわ~、東村の約束の相手~」

大福ねずみは、安堵の笑いと一緒に、先ほどのクワガタショックの笑いも放出させて解放されました。姉御も、安心したような顔をしています。


「見るのは構いませんが……やっと出会えた、人間に転生した娘は……五歳下の男性です」

安堵の笑顔が引きつりました。


 大福ねずみは、場の空気を探りながら、小声で語りかけました。

「……クワガタラブから、ボーイズラブ?」


姉御が吹き出しました。

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