48話 旅行だ!
「毎日寒いし、温泉にでも行きてーなー」
こたつに入って大福ねずみとテレビを見ていた姉御が、入浴剤のCMを見てつぶやきました。
「オイラも行きたい! 温泉、湯けむり、ピチピチ、混浴~」
お決まりのエロい連想を聞き、とたんにげんなりした姉御が、はいはい、と気のない返事をしました。
「うーん、やっぱ、面倒だな。車の運転は疲れるし、電車だと人が多いし」
めんどくさがり~と、ぶーぶー文句を言う大福ねずみに、みかん大岩が転がってきました。こたつの上では、転がって来るみかんを避ける大福ねずみが、華麗な舞を披露しています。
「面倒? ご主人、一緒来る?」
姉御の部屋にこたつが出てから、当たり前のように入り浸っているブチ黒が、こたつから首だけ出して言いました。
「え? 東村がなんだって?」
大福ねずみは、ブチ黒の頭にダイブしました。
「ご主人車、明日、実家、帰るにゃ、温泉あるの」
温泉というひと言で、姉御と大福ねずみは、旅行の支度を始めました。
翌日、東村がブチ黒白を連れて車に乗り込むと、後部座席に姉御と大福ねずみが乗り込んで来ました。当然のように、大きな荷物を抱えています。
「ど、どうしました?」
「温泉に行くから、お前が実家に帰るついでに、旅館の入り口まで連れて行ってくれ。帰りも頼む! この通り! 頼む!」
姉御は、どの通りなのか全く理解できない程度に、ちょっとだけ頭を下げました。
「それはついでとは言い難いですが……。じゃあ、この先、鬼退治の仕事が入った時には、お願いしますね」
「オッケー」
姉御は、命懸けの交換条件を、軽く快諾しました。
順調な出発です。しかし、姉御と大福ねずみは、東村の行き先も知らず、泊まる旅館すら決まっていません。
「東北にある、実家の近くへ行くのですよ。実家には寄りませんが、実家が経営している温泉に泊まる予定です。そこへ一緒に泊まりますか?」
二人慣れしている東村は、無計画を見抜いていました。
「そこでお願いします」
大福ねずみと姉御は、東村の心の広さに深く頭を下げました。感謝しているようですが、温泉旅行の見返りが鬼退治では、命を懸けて温泉旅行へ行くようなものでした。
「姉御さん、なぜそんなに荷物が多いのですか? 何週間泊まるつもりなのです?」
後部座席に置かれた姉御のでかいリュックは、パンパンでした。
「朝起きたらリュックに入ってたから、ついでに連れて行って欲しいのかと思って連れてきた」
リュックが開くと、中からわさわさと、ケサランパサランが出てきます。これでも、アパートにいるもののほんの一部です。
「運転の邪魔にはなるなよ! 東村の視界は遮るなよ!」
姉御がかあちゃんのように、注意事項を言い聞かせています。
「ふわふわにゃ」
「あったかい」
助手席のブチ黒白は、座席に降りて来たふわふわに囲まれて幸せそうでした。そんな様子を見て、東村も小さく笑いました。
大福ねずみが東村の肩にやってきます。
「なぁ、実家って、チクビ山だろ~。泊まる旅館もそうなの?」
二人でだいぶ前に、タケミの一族や住んでいる場所のことを話したことがありました。その時に大福ねずみは、ちょっとだけ前世の記憶を思い出したのでした。偶然、タケミ一族にゆかりの山が、大福ねずみの前世と関係がある場所だったようで、そのチクビ山の滝での記憶や、そこに隠した宝物の石のことなどが蘇ったようでした。
あの後、色々ごたごたがあったので、姉御には話していませんでした。
「そうです、同じ山です。チクビ山は地元の通称で、
東村は、半月の滝を見て泣いていた大福ねずみを思い出していました。そして、姉御にも見せてあげたいと言っていたことも。
「そうする~。姉御には滝のこと内緒な。前世の記憶も曖昧だからさ、まだちゃんと話せてないんだよ~。滝で説明するにしても、まずはどっかでスコップ買わなきゃ~」
「え、スコップ?」
聞き間違えたかと思いましたが、大福ねずみが楽しそうに鼻歌を歌っていたので、そのままにしておきました。
高速道路でトイレ休憩に寄ったサービスエリアでは、東村が姉御を引っ張り回して、ご当地B級グルメを楽しそうにお勧めしていました。ベンチで待つブチ黒白と大福ねずみは、ちょっとした人気者になりました。
猫とネズミの愛らしさで、女達のかわいい嵐を満喫しつつ、賢く牛串までゲットしました。
「ご主人、楽しそう」
「一人じゃにゃい、めずらしく」
ブチ黒白も、はしゃぐ東村を遠目に見ながら、楽しげに目を細めました。
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