47話 決着

 鬼とロン毛陰陽師は、横たわっています。ゴルフ部長は腰を抜かしたようで、尻もちをついて口をぽっかり開けていました。

「……てめぇ、今度座敷わらし探しで俺の前に姿見せたら、腹の中で合わせてやることになるぞ。今は腹いっぱいだから帰れ」

姉御に凄まれると、ゴルフ部長は声が出ないようで、口をパクパクさせて目を見開きました。


 見かねた東村が、一つため息を吐いてから静かに口を開きました。

「あなたね……裕福になるのも、貧乏になるのも、座敷わらしのせいではありませんよ。座敷わらしのようなモノでも、寛容に受け入れて仲良くなれるような優れた人間ならば、努力すれば裕福にもなれるのです。あなたの先祖がそうだったのでしょう。逆に、すさんだ心で座敷わらしに接するような人間だけになってしまえば、家の財も座敷わらしも逃げていく。それだけのことです。あなたのもとに座敷わらしが戻ったとしても、もとの暮らしには戻れませんよ」

 ゴルフ部長は東村の説教を聞くと、鼻を鳴らしながら忌々し気に立ち上がりました。


 全く反省していないその様子を見た姉御は、チッと舌打ちしてからゴルフ部長の隣へ移動し、至近距離から無言で睨み付けました。目を合わせないように下を向いて汗をかいているおっさんの横で、だんっと地面を踏みならします。ゴルフ部長はびくっと体を震わせて、猛ダッシュで逃げて行きました。

 ゴルフ部長は、半しかばね化しているロン毛陰陽師と鬼を放置して行ってしまいました。


 姉御が面倒そうに鬼に近づいて、脇腹辺りを蹴りました。

「……おい、起きてんだろ? 寝たふりすんな。おいっ!」

二度目の蹴りで、鬼はすごすごと起き上がりましたが、決して姉御と目を合わせません。明らかに、マウントを取られたことがトラウマになっています。

「……それ、持って帰れよ」

姉御は鬼の脛を蹴りながら、地面に倒れて震えているロン毛陰陽師を指差しました。

 

 チラッと、己の主人であろう陰陽師に目を向けた鬼ですが、そのまま目を泳がせて動く気配がありません。

「おら、はーやーくーしろっ! 地味色鬼!」

姉御が大声を出すと、鬼は機敏な動きでロン毛を小脇に抱え、ぼしゅっと煙を出して消えて行きました。

 

 バトルが終わった庭先には、穏やかな陽光と風、小鳥の鳴き声が戻って来たようでした。

どうやら、危険は去ったようです。


「姉御~、滑らかで大胆、そして無慈悲に折り曲げた、最高のフォールだったね~」

大福ねずみは、試合観戦後にレスラーを讃えるテンションでした。

「いや、ウラカンラナも良かったですが、体格差を考慮した、鬼へのオリジナル変形マウントの方が、伝説になりますよ」

「姉御には、逆らわないにゃ!」

東村とブチ白も興奮していました。


 お祭りムードの中、ブチ黒が静かに姉御の足に頭を擦りつけながら、上を仰ぎ見ました。

「姉御さん、怪我して、ないにゃ?」

優しく姉御を気遣う言葉を聞いて、皆が我に返ります。そうです、恐ろしい鬼と戦っていたのは、小柄なただの人間女性だったのです。信じがたいですが、姉御は普通の人間、しかも女の子なのです。


「そうですね、ブチ黒……姉御さんが心配ですよね。本当に人間なのかどうかが」

「そうだよね~、丸腰で鬼を倒すなんて、まともじゃないよね~」

東村の心無い一言に、一番まともじゃない生き物も同意しました。


「調べるか? もう一試合やれるぞ」

姉御の言葉を聞いて、二人は丁寧に辞退を表明しましたが、東村はコブラツイストをくらいました。


「ありがとう……」

 ふざけて騒いでいた面々の耳に、小さな声が届きます。それは、いつの間にか部屋から出てきていた座敷グレイのものでした。

「僕のために、みんな……ありがとう。大福君が食べられたかと思ったよ。姉御さんも鬼に酷い目に遭わされると思ったよ。怖かったよ」

涙腺の見当たらない大きな黒い目からは、大きな涙の粒が溢れています。

「目がでかいと、涙の粒もでかいんだね~」

「そうだな」

大福ねずみが茶化して笑うと、姉御も満足そうな笑顔を浮かべたのでした。


「結果オーライ、めでたしめでたしですね」

「ご主人の活躍、いまいち」

まとめに入った東村でしたが、家来のブチ白に痛い所を突かれてしまいました。

「お前よりマシだろ~」

大福ねずみが、出てきて鳴いて下がるだけだった、ブチ白の痛いところを突きました。

「ブチ白のほうがマシだろ。お前は東村に、鬼の口にストライクさせられただろーが。死んだと思ったぞ」

姉御がまともなことを言って、あの時は焦ったぞ、と東村にチョップをかましています。


 そこで、大福ねずみは気が付きました。もしかして姉御は、オイラを助けようと夢中で、すごいパワーを出してくれたのではあるまいかと。

「姉御さんは、大好きな大福君が心配で、焦って鬼をぼこったのですね」

 良いタイミングで、大福ねずみが思っていたことを東村が代弁したかたちになりましたが、言い回しが姉御の怒りを買いました。

 うるせぇこの野郎、と攻撃を仕掛ける寸前、大福ねずみが姉御の顔にダイブしてきて、見事に顔面に貼りつきました。

「爪、いてぇ、何だよ!」

姉御の手に鷲掴みにされて、剥がされました。


「助けてくれたお礼に、お鼻にちゅ~したんだよ」

険しかった姉御の顔が、一瞬で間の抜けたものになり、パチパチと瞬きを繰り返しました。


 見たことのない表情です。


「ちゅーというか、裸の体を女性の顔面に擦りつけた感じですね」

東村の言葉で、感謝のちゅ~は台無しにされましたが、姉御は良い顔で笑い出しました。

「みんな無事で、良かった! んじゃあ、みんなで仲間を守った勝利の雄叫びだー」

姉御の掛け声で、みんな、『おぉー』と雄たけびを上げました。


 ケサランパサランはしゃべれないので、飛び上がりました。

 

 ケサランパサランが脱げた姉御は、パンツいっちょうでした。

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