45話 A・NE・GO

 アパートの門から、怪しい男が二人入ってきました。一人は、ずんぐりした背格好の中年で、日曜日にゴルフに向かう部長的な服装をしています。もう一人は、東村よりちょっと年上で、お洒落ながら品が無い感じのスーツをまとい、黒い長髪をオールバックにして後ろで結んでいます。


「本当にここなんでしょうな! 貧乏くさいアパートですがね」

ゴルフ部長がだみ声で尋ねました。

「間違いありませんよ。呪の反応がありますから。私を疑っているのかな?」

ロン毛が答えると、ゴルフ部長は、いやいや、ははは、と笑って誤魔化しました。ロン毛の若い方が、術者のようです。

「止まりなさい。私の縄張りに入らないで頂きたい」

突然声が聞こえてきて、二人は歩みを止めました。

 木の陰から、東村が姿を現しました。


「縄張り? 何を言っているのかな、君は」

ロン毛が人を馬鹿にしたような顔をして、東村を見つめます。

 確かに、誠に残念ながら、東村は馬鹿な感じでした。派手な柄シャツに細身のパンツ。どこからどう見ても、ロック一筋、ギターソロカモンな感じで縄張り云々口走っていれば、小馬鹿にされても文句の言いようがありません。

「私の領域に、他の術者は入ってくるなと言っているのです」

言うことだけは何かカッコイイだけに、見た目とちぐはぐで残念です。


「術者? 君が?」

「そうです。私はタケミです」

 途端に、ロン毛の顔から笑みが消えました。

「あなたは陰陽師ですね。随分と、ふだを懐に忍ばせているようだ」

 ロン毛は、目を細めて東村を睨み付けながら何か探ろうとしているようでしたが、表情一つ変えない東村からは何も読み取れない様子です。


「先生、何ですか、この変なあんちゃんは」

黙ったまま対峙する術者二人に、ゴルフ部長が痺れを切らしました。

「彼は……幻の術者です。言っていることが本当ならばね。タケミなんて、東北地方の伝説だと思っていましたけれど。陰陽師よりも古い、日本古来の呪術者一族ですよ。本物ならば、お会い出来て光栄です」

そう言って、東村に歩み寄ろうとしたロン毛の前方へ、ブチ黒とブチ白がどこからか跳び込んできて、精悍な顔つきで低いうなり声を上げました。


「おやおや……入るなと言われても、客の探し物がここにあるようなのですよ。タケミの君が盗んだのかな?」

「何! あんちゃんが俺の座敷わらし、盗んだんか。返せ!」

ロン毛の言葉を聞いたゴルフ部長は、一瞬で顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らしました。すごい剣幕でしたが、東村の表情は変わりません。

「座敷わらし? 知りませんよ。そちらの陰陽師さんが間違って、私の家来でも探知したのじゃないですか?」

東村の言葉に、ロン毛が眉をひそめます。かなりプライドが高い男のようです。

「私は間違わない。家来とは、その小さな獣二匹のことかな? バカバカしい」

 

 ついに、その時が来てしまいました。急場しのぎで立案された作戦が開始されようとしています。

 東村は、無言で右手を少し挙げました。

 

 ふわふわと、空から白い塊が降りてきて、東村の横に陣取りました。停止しても、塊はふわふわ浮かんでいるようです。

 

 東村の新しい家来、姉御、です。


 全身にケサランパサランを高密度にまとい、白い毛の生えた獣になっています。前が見えるように顔はむき出しに、細かい作業が出来るように、手足もむき出しにしておきました。白いモンチッチかよ、と大福ねずみが笑うので、頭にはクマの耳のようなものを配置してみました。

 体が浮いているのは、ケサランパサラン効果です。さらに、ハッタリを効かすために、Cマーブルズに周囲をランダム飛行してもらっています。

 姉御は浮いたまま、胡坐をかきました。


「なんだよこりゃ。がははははは」

ゴルフ部長の下品な笑い声が響き渡ります。

 大福ねずみが、そりゃ笑うよね~、と言いながら姉御の肩から東村の肩に跳び移りました。

 しかし、以外なことに、ロン毛は少しも笑っていませんでした。

「何だこれは……確かにこいつから座敷わらしの気配がするが、他にも数えきれないほどの生物の気配を感じるぞ。しかも、獣が管狐を5匹も従えているのか」

以外にも、陰陽師には良いジャブになったようです。作戦に、成功の兆しが見えてきました。


「なに? こいつに座敷わらし? てめぇ、俺の座敷わらしをどうした! 返せ!」

ゴルフ部長が吠えると、姉御は嫌そうに顔を顰めながら口を開きました。


「食った」


不機嫌そうに言い捨てられた言葉に、ゴルフ部長が目を見開きます。

「な、何?」

かなり動揺したようで、怒りの表情が間抜けなものに変わっています。

「食ったんだよ、お前の座敷わらし」

姉御の言っていることは、間違いではありませんでした。ついさっき、大成功~で皮膚を飲み込んだばかりです。


「……座敷わらしほどの神聖な妖怪を、獣が食っただと? 笑わせるな!」

ロン毛が姉御を睨みつけ、こめかみに青筋を立てながら叫びました。


「うるせーよ! 食ったって言ってんだろ! てめぇ……ロン毛似合ってねーし、しゃべり方もうぜーよ。帰れよ、この無能野郎が! インチキ臭えスーツ着やがって。お前が思ってるほど似合ってないからね。生え際も後退気味だからね」


 神聖な妖怪の皮膚を食っても、姉御は姉御でした。むしろ、不機嫌さから邪悪度が増していて、繰り出される言葉が、もはや武器と化しています。

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