43話 アイデンティティ
「なによ――、そっけないのね――!」
呆れたようなバーママ妖怪の声を聞いて、姉御がゆっくりと顔を向けました。
「あんたが連れて来てくれたのか?」
「え? えぇ、まぁね」
「どうもありがとう」
「あ、あんた、私のこと見えてたのね!」
バーママ妖怪は、自分の姿が見える人間に会うのは久しぶりだったので、驚きと感動の混じった表情で姉御の顔をじっくり見つめました。
そして、小さな叫びを上げました。
「あ、あんた!! まだ私が妖怪らしかった頃に、街角で驚かしたら、いきなり強烈な蹴り入れてきた女じゃないの!」
「うわ~……姉御、酷いな~」
小指を食うという己の所業を棚に上げて、大福ねずみが姉御を非難しました。興奮して饒舌になったバーママ妖怪は、更に続けます。
「しかも蹴った後に、『その外見は今時流行らないから、エロ可愛い巨乳グラビア系にでもなれよ』、って言ったのよ、この女! そうしたら本当に、そうなっちゃったのよ! どういうことよ、何の呪いよー!」
姉御は全然覚えていないようで、普段から何かを誤魔化すときに繰り出す、胡散臭い何食わぬ顔をしながら目を泳がせています。しかし、言動から察するに、バーママ妖怪に無礼を働いたのは姉御であろうことは明白です。
「……ごめーんね!」
姉御が、テヘペロよろしく、恐ろしく軽いノリで謝りました。
バーママ妖怪は、姉御のとぼけた声を聞いて、がっくりと気が抜けたようにしゃがみ込んでしまいました。
「もういいわよ……何か、どうでもいいわよ。今の見た目も気に入ってるし……」
許された姉御は、今度は真面目な顔で右手を突き出して、握手を求めました。本当に、相当感謝しているようです。
「お、お礼に、家でお茶でも。むしろ、部屋を一つどうだろう。俺のアパートに住まないか?」
バーママ妖怪は、良く分からない申し出に困惑しましたが、疲れていたのでとりあえず頷きました。握手に体重をかけて立ち上がると、姉御の顔が近付いて、目が腫れぼったく真っ赤になっていることに気が付きました。泣き腫らしたのであろう目を指摘してからかおうかと思いましたが、無粋っぽいのでやめておきました。
「……あんたら、仲がいいのね」
大福ねずみは、笑顔で二人の会話を聴きながら、黙って姉御の匂いをかいでいました。
その後、無事に家へ帰り、二人でお風呂につかっていると、姉御が大福ねずみをじっと見つめました。
「何だよ、姉御~、オイラにウンコでも付いて……って、デジャヴ……! もしかしてオイラ、また斑点が薄くなっちゃったりしてる!?」
「なっちゃったりしてるんだけど……何でだ? ギャルんとこで、何か良いことしたのか?」
大福ねずみは考えました。
「……いや、してないっぽい~」
なんと、再び大福ねずみの斑点が薄くなっていたのです。しかし、その理由については、首を傾げるばかりです。
「うーん、もしかしたら、ずっと前から斑点は薄くなってきていたのかもしれないな。あまりにも微妙な変化だったから、気付かないだけだったのかもな」
「そうかもね~。でも、まぁ何でもいいや~、前回も今回も、姉御と離れてまた会えた時なんだから、姉御と一緒にいろってことなんじゃないの~」
そう言って、ふふふ、と笑った大福ねずみを、姉御も優しく笑いながら見つめて頷きました。
しかし、すぐにその笑顔が曇ってしまったので、大福ねずみは不安げに首を傾げました。
「お前さ……斑点消えたら、真っ白だぞ? 見た目、ただのハツカネズミになっちゃうんじゃないの? 没個性でつまらんな」
「……い~~や~~~~!!!!」
大福ねずみは、ヤマアラシのジレンマ的な、アイデンティティ崩壊の雄叫びを上げました。
アパートに響き渡る、悲痛な叫び……。
「あら嫌だ、何の声?」
雄叫びは、新しい入居者バーママ妖怪の元まで届いていたのでした。
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