42話 嬉しいくせに

 バーママ妖怪は、とりあえず河原にやって来ました。

「えーと、ここからはどっちかしら。上流? 下流?」

「セレブです」

大福ねずみは、肩の上からきっぱりと返事をしました。

「最悪ね。わからないんでしょ?」

 適当な返事を見透かしたバーママ妖怪は、とりあえず上流に向かって歩き始めました。


 夜中を通り越した河原は暗く、堤防上の街灯だけが頼りです。大福ねずみは、お持ち帰りされたスポットを見極めようと、目をこらしました。そこさえ分かれば、なんとか姉御の部屋までたどれるかもしれません。

「確か、近くに橋があったよ~!」

有力な手掛かりを思い出して、弾む声を上げました。

「橋なんかいっぱいあるわよ」

即効否定されてしまい、他にも手がかりを思い出そうと踏ん張りましたが、ねずみ的不都合から無理があり、少し落ち込みます。自分が人間であったならば、人間社会に存在するものを同じ目線で見て、覚えていられるのにと、悔しく思いました。


「もう、落ち込まないでよ、うっとおしい。ほら、あそこに橋があるわよ!」

酷い言葉の割に、優しい声を出したバーママ妖怪が、前方を指差しています。目を向けると、確かに橋がありました。大福ねずみは、目を見開いて荒い鼻息を吐きました。

「走れ! バーママ、ダッシュ!!」

大福ねずみの叫びに釣られて、バーママ妖怪は走り出しました。

 ダッシュで橋の近くまで来ましたが、我に返ったように立ち止まります。

「ちょっと……何で、走らなくちゃなんないのよ!」

釣られて猛ダッシュをかました末の、無意味な抵抗です。何で走らせたの? 意味が解らないわ、と怒って大福ねずみを小突きます。


 その瞬間、大福ねずみが肩からすべり落ちました。

「あらっ、危ない! ごめんなさい!」

バーママ妖怪は、自分のせいで大福ねずみが落下したのだと思い、焦ってキャッチしようと手を延ばしましたが、大福ねずみはその手をすり抜けてものすごい勢いで走り出しました。


 混乱したバーママ妖怪は、再びダッシュを繰り出して追いかけました。

 土手を転がるように下った大福ねずみが、何かに向かってジャンプしました。

 暗くて気が付きませんでしたが、人が座っていたようです。


「あ、あ、姉御~~~~!」

それは、膝を抱えて、顔を伏せている姉御でした。大福ねずみは姉御の肩によじ登り、ちょっと泣きながら叫びました。耳元で大声をくらった姉御が、ゆっくり顔を起こします。


「……うるせぇな……よく寝た」

「パンナコッタ! 今まで寝てたのかよ~!」

 大福ねずみは、感激も忘れて突っ込みました。その様子を見たバーママ妖怪は、ダッシュの先に感動が無かったので、ガックリと肩を落としています。


「なんだよ~もう~~!」

 大福ねずみは、ツンと鼻先を空へ向けて拗ねて見せました。


 しかし、目を走らせた姉御の膝や手が土で汚れていることに気が付くと、口元は嬉しさで歪み、目からはじわりと涙が滲んでくるのでした。しかも、二人が離れてから、相当時間が経っているはずなのに、それでも姉御は、この場所で待っていてくれたのです。


「……ただいま~」

「おぅ……」

 大福ねずみは、心底安心しました。いつも通りのぶっきらぼうな姉御ですが、どう思って、どんな風にこの場所で過ごしていたか、すべて解ったような気がしました。姉御もオイラと一緒にいたいんだ。そんな風に確信しながら、ただただ、姉御の匂いを思い切り吸い込みました。


 涙が我慢出来ません。

 

 寝ていたことにしといてやるよ~、心の中で呟きました。

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