41話 涙が出ちゃう

「じゃあさ、私と一緒にいましょうよ。それだと、私も消えなくて済みそうだし」

 バーママ妖怪の提案は、確かに、お互いに利益がありそうでした。大福ねずみもバーママ妖怪と一緒にいるだけで、消えるのを助けてあげることになるので、みるみる斑点が消えていきそうな気がします。ギブ&テイクで、巨乳ライクな申し出です。更にギャルズと違って、バーママ妖怪とは会話も出来るので、条件は最高の物件のようです。

「私じゃ駄目なわけ?」


 大福ねずみは、悪くはないな~と思いましたが、笑いながらバーママ妖怪と楽しく生活する自分の姿が、ちっとも浮かんできませんでした。姉御といて楽しかったのは、利益諸々が関係していたのではなく、姉御という存在そのものが自分を楽しい気持ちにさせてくれていたのだと思い至ります。


「断る!」

大福ねずみは、きっぱりと断りました。

「なによーもう。そんなに姉御が、いい女なわけ?」

バーママ妖怪は、ちょっとスネて見せました。くねっと腰を捻った感じから、熟練のエロスを感じさせます。

「う~ん……」

 大福ねずみは、姉御について考え込みました。

 

 顔は、実は可愛こちゃんです。普段は、やる気が無いから半目だけど。

 痩せていて、スタイルも悪くないです。Aカップだけど。

 懐が深い感じで、ナイス心意気です。暴力的だけど。


 毎日、二人でくだらない遊びに夢中になったり、テレビを見たりしました。一緒に、風呂にも入っています。愛について、真剣に思い悩んだりもしました。

 楽しそうな姉御の声が、思い出されます。怒られるのも楽しかった気がしました。ギャルズのように、めちゃくちゃべたべた可愛がってもらったわけではありませんが、むしろ、それが心地良かったのかもしれません。二人は、決して、一方通行ではありませんでした。


「仲良しだったからさ……姉御といたら、楽しかったからさ~いつでも……」

大福ねずみは、ポツリと言いました。

「あら、ちょっとやだ! 泣かなくてもいいじゃない」

バーママ妖怪に言われて顔を触ってみると、目の下が濡れていました。自分が泣いていると悟ったとたん、一人でいることが悲しくて、寂しくて、我慢出来ないくらいに溢れて来て、それが口から飛び出しました。

「帰りたい~帰りたいよ~~! 姉御と会いたい~~~~!」

大福ねずみは、叫んでいました。姉御と離れてから一日も経っていないのに、もう会えないかもしれないと思うと、不安で仕方なくなってしまったのです。


 そんな大福ねずみを困ったように見やって、バーママ妖怪はため息を吐きました。

「……わかったわよ。力になってあげるから」

バーママ妖怪は、大福ねずみをそっと持ち上げて、自分の肩に乗せました。

「さぁ、姉御を探してみましょ。何か手がかりは無いわけ? 住所は?」

「わかんね~」

 大福ねずみは、自分が住んでいる場所の住所など、気にしたこともありませんでした。


 アパートを出るときはいつも姉御が一緒で、自分が外で一人になることなど、考えたこともありません。いつもいつも、姉御と一緒にいるのが当たり前だったので、ちょっと離れただけでこんなにも悲しくなってしまう自分を情けなく感じます。そして、めそめそしていてはいけないと、気を取り直しました。前に姉御が攫われて一人になった時には、助けよう、会いに行こうという気持ちで頑張れたはずです。


「じゃあ、とりあえず、離れ離れになった所はどこなの?」

「川の土手~」

バーママ妖怪は、それなら辿れば解るかもしれないわね、行きましょう、と歩き出しました。大福ねずみは、つかまる肩のぬくもりを頼もしく感じました。そして、こんなに優しい妖怪を、助けることが出来てよかったなぁ~としみじみ思いました。

「小指食ってごめんね」

 肩でぽつりとつぶやいた大福ねずみの言葉を聞いて、バーママ妖怪の顔に笑みが浮かびました。

「あんたも可愛いとこあんのねぇ」


「でも、断る!」

 バーママ妖怪の優しさに対して、もう一度、きっぱりと拒絶する優しさで答えました。

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