37話 ロスト

 暖かい日差しの午後、日頃ヒッキー気味の二人は、河原へお散歩に出かけることにしました。

「ワン ツー! ワン ツー! ワン ツー ド――ン!!」

大福ねずみは、姉御の肩の上でご機嫌でした。静かで、地球に優しい燃料の乗り物です。

しかし、燃費と本人の性格は優しいとは言い難いものでした。

「お前、調子こいてんなよ」

姉御は大福ねずみを握ると、腕を一回転させました。

「よ、酔うから……」

調子に乗ってダイナミックなお仕置きを何度か受けながら、ようやく河原にやって来ました。


 姉御は土手にどっかりと腰を下ろして寝そべり、その腹の上へ掛け上った大福ねずみは、開けた河原の風景を見回しました。

「うぉ~~水、いいね! 空、青いね!」

 ぷち都会でも、アパートの周囲には建物が多くあるので、地面から空まで突き抜けている河原の風景は開放的で、大福ねずみをはしゃいだ気持ちにさせるのでした。

「そうねー」

姉御も気持ち良さそうに、水の反射に目を細めています。しばらく黙ってじっとしていたので、大福ねずみが載った部分がすっかり温まり、姉御の口元に自然と笑みが浮かびました。珍しく、静かで穏やかな時間が流れて行きます。


 やがて日光浴に飽きた二人は、走り回っている大福ねずみを、姉御がUFOキャッチャーする遊びにはまりました。

「ゴールデンハンマ――――!」

全力で白熱しすぎた姉御が、大福ねずみを叩きつぶしそうになったので終了となりました。

「い、いい汗かいた~」


 再び寝そべってくつろいでいた二人の耳に、「キャー」と黄色い悲鳴が聞こえてきました。驚いて目を向けると、ギャルが二人、こちらへ寄ってきます。

「超可愛いんだけどっっ!」

姉御の腹の上の大福ねずみは、女の子が繰り出す可愛い嵐の直撃を受けました。置物と化した姉御は、慣れないギャルのテンションに少しビビッています。

 大福ねずみはここぞとばかりに、己の引き出しに大事にしまっておいた、小動物可愛いしぐさベスト50を炸裂しました。


「嫌だー可愛い! めっちゃ慣れてますね~」

「……まぁね」

ビビリ疲れて無愛想になった姉御にも動じず、ギャルズは、「触っても大丈夫?」とお伺いを立てて来ます。地面に膝を折って、自分に顔を寄せて来るギャルズの胸元を見た大福ねずみは、息をのみました。

「パンナコッタ! 超巨乳ギャルズ!!」

下らない歓喜の叫びを聞いた姉御はげんなりして、エロいねずみも喜ぶだろうと、ギャルの好きにさせることにしました。

「触ってもいいよ、噛まないし」

 姉御のお許しが出ると、ギャルズは大福ねずみを手にとって愛玩しまくり、大福ねずみは至福のエロい笑みを浮かべて巨乳に飛びついて行きました。エロねずみの所業に反応することがだるくなった姉御は、黙って目を閉じました。


 そのままいつのまにか眠っていたようで、目覚めた時にはすっかり夕方になっていました。西の空には、かろうじてオレンジの夕焼け雲が残っていますが、日はすっかり落ちてしまっているようです。

「おぉー暗っ! そろそろ帰るかー」

 姉御は、腹の上の大福ねずみに向かって声をかけましたが、返事はありませんでした。

まだ寝ているのかと思い頭を起こして腹を見ましたが、大福ねずみの姿はありませんでした。不思議に思って辺りを見回しても、小さなねずみの姿は見つかりません。


「おい、大福! どこだー!」

返事はありません。

「こら、エロねずみ――! どっかで寝てやがるな!!」

返事はありません。


 姉御は、仕方なく辺りを探し始めました。四つん這いになって、周囲の草を手でかき分けながら探します。川の縁から土手の上まで、ずいぶん広範囲を探しましたが、それでも見つけることは出来ませんでした。

「どこまで行ってんだよ、あいつは!」

どんどん暗くなる空に急かされて、イライラが募って行きます。探す範囲を拡大しようにも、自力で家に帰れない小さなねずみと行き違いになると大変なので、姉御には待つという選択肢しか無いように思われました。


 空にかろうじて残っていた夕焼け色も夜に塗りつぶされてしまったようで、すっかり暗くなった景色の中、堤防の上の等間隔な外灯だけが、遥か向こうまで明るく点々と灯っていました。

「おい、帰るぞ、帰るぞ!!」

急に寂しさを感じた姉御が苛立たしげに叫びましたが、やはり、大福ねずみの返事は無く、気配すら感じられません。

 流石に不安になってきた姉御は、大福ねずみが姿を消した理由を考えました。デスゲームに発展したゴールデンハンマーへの抗議の為に、家出した可能性が考えられます。

「……でも、あんなゲームは日常茶飯事だしな」

姉御との日常に鍛えられているであろう、サバイバー大福ねずみが、今更些細なことで家出するとは思えません。では、何が起こったのか……ただただ河原での行動を反芻することしか出来ない中で、ふと、ギャルズのことを思い出しました。


「あ、お、お、お持ち帰りか!!」

閃いた姉御は、確信しました。どうやら姉御が眠っているうちに、巨乳ギャルズが大福ねずみを持ち帰ってしまったようなのです。誘拐だと解ったとたん、焦りと動揺に襲われました。自分が寝ている隙に、大福ねずみが連れていかれてしまったのです。

「俺が悪いのか!? は、犯人のアジトはどこだ!!」

 即効、ギャルズが向かったであろう方向に走り出しましたが、すぐに立ち止まってしまいます。


 ギャルズの家がどこなのか解らないし、もしかしたら大福ねずみは、このままでいいのかもしれないという思いがもやもやと胸の奥で広がって、足が前へ出なくなってしまったのです。大福ねずみが大好きな巨乳のギャルに相当可愛がられて、大満足に媚びへつらっていたのは、つい先程のことです。

「あいつが大好きな巨乳ギャルズだしなぁ。望んで付いて行ったのかもしれん。今頃、大喜びで餌でももらってるか……」


 もともと二人は、偶然同居し始めた仲です。人間とペットでも無ければ、恋人同士でも家族でも無い。それでは、自分が大福ねずみを連れ戻す正当な理由は何だろうかと考えてみても、どうにも答は見つからないのでした。

「探されたくねぇかもな」

姉御は再び土手に座り込み、どうしたら良いのか分からず、動けなくなってしまいました。


「なんか腹が冷てぇ」

 大福ねずみが乗っていた所に手を当てたまま、時間は過ぎて行きます。

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