36話 VRで遊ぼう

「残るは、一〇四号室ですね」

 大福ねずみのダイブで、東村は正気を取り戻し、求婚の誤解を解きました。充分にふわふわで満足した面々は、一階最後の部屋である一〇四号室の前に立っています。

「今度は、はしゃぐんじゃねぇぞ~、バカ」

大福ねずみは東村の頭に乗り、後頭部をしっぽで叩きました。

「ここは、とりあえず中まで入るぞ」

 扉を開けた姉御に誘導されて居間にやってきましたが、住民の姿も気配もありません。


 突然、部屋の中がモヤで満ち、怪しい雰囲気が漂ってきます。りょうちゃんとアルコールの反応より強烈なモヤでした。

「おこんにちわー、いらっしゃーい。お初にお目にかかりまーす」

 やけに明るい声が聞こえてきました。声の方向を見ると、黄色い巾着袋のような物が、中空をふわふわ漂っています。よく見ると、袋には動物のような耳と鼻が生えています。

「東村、何だよこれ~」

大福ねずみは、解説担当者に説明を求めました。

「これはちょっと……分かりませんね」

東村は眉をひそめて、動物巾着を見つめています。


「はいはい、説明いたしましょう。十年一昔、それより昔、みんなの姉御ちゃんがまだ子供だった頃のお話。姉御ちゃんは、怖い夢を見る度に、お気に入りの黄色い巾着袋に、夢の内容を語って口を結ぶのが習慣でした。巾着袋に、怖い夢を食べてもらっていたのです。十年もすると、あら不思議、巾着に耳が生え、鼻が生え、お口が生えてまいります。それがわたくし、そう、獏でござ~い」


「精が出ますね~」

 大福ねずみは、冷めた切り返しをくらわせました。古風で話し上手な印象ですが、今までのようなパンチの聞いた出会いは期待出来そうもありませんでした。東村も、獏ですか、とテンション低めでつぶやいています。


「おやおや冷たい。面白いのはこれからですよ。モヤの中でわたくしに会えば、そこはもう夢の国、想像するだけで、何でもお好きなモノになれるのですよ」

「えっ、マジで? どうやんの? 想像? オイラ人間になれるんじゃないの~~?」

大福ねずみが食いつきました。一気にテンション爆上げです。


「さぁ、皆さんご一緒に! なりたいモノを想像するだけ! それ、いち、にの、さーん」


  ボフンッ


 部屋中が煙ると、そこには、いつもの皆の姿はありませんでした。

「あれ、オイラ……人間になってるんじゃないの? 手も足も体も。背も高い……ヤッター!」

 しゃべったのは、世紀末の不良のようなマッチョな体に、裂けが目立つデニムを来た人間でした。

 

 しかし、巨大化はしたものの、頭部は大福ねずみの頭そのままでした。自分の人間の顔は、想像出来なかったようです。


「頭はねずみのままですわよ」

次にしゃべったのは、はち切れそうなボインをきついドレスで抑え込んだ、金髪の白人美女でした。

「マジで~~? 最悪だ~~。頭部が絶望だ~」

大福ねずみは、毛深い己の頭を触り、悔し涙を流しました。

「頭部以外も絶望的ですわよ」

金髪美女に突っ込まれました。

「何だよ、姉御こそ! 実は巨乳に憧れてたんじゃないかよ~」

鋭い突っ込み返しです。


「わたし、東村ですわよん」

突っ込みは的ハズレでした。

「うわっ、東村最悪! 自分が女になってどうすんだよ、エロいキモい最悪~。そしてちょっと、尊敬してしまう自分もいる~」

東村ボインちゃんは、最高ですよ、と体を揺らして、色々な揺れを楽しんでいます。大福ねずみは、見なかったことにしました。


「他のはどうした。ブチ達は~? お~い!」

 東村に見切りをつけた大福ねずみは、辺りを見回して他の面々の姿を探しました。呼びかけに応じるように、下の方で何かの気配がありました。小さいものにでもなったのかと目を向けると、猫より遥かに大きい何かが、二つ横たわっている影が見えました。


「確かこれって、マグロとブリだよな~……」

「そうですね」

 足元で、大物級のマグロとブリがビチビチと跳ねています。どうやら、ブチ黒とブチ白のようですが、もはや、どっちがどっちでもどうでもいい感じでした。

「好きな物って、食いたい物じゃね~よ! いいのかよ、それで。満足なのかよ~」

マグロとブリが、ビチッと大きく一度跳ねました。

 満足なようです。

「あっそ」

東村も家来猫も好物に変身して満足してはしゃいでいるようで、主人と家来の思考は似た者同士なようです。


「姉御さんはどこかしら? 姉御さーん?」

 東村が気持ち悪い女言葉で呼ぶと、少し高い場所でおかしな音がしました。機械音のような、女性のか細い悲鳴のような、ヘビの威嚇のような……。

「オーマイガッ」

冷静な東村が、ビクッと体を痙攣させました。

「う、うわぁ~~……ぁ~」

大福ねずみが大きな悲鳴を上げかけて、やっぱりトーンダウンしました。


 そこには、でかいエイリアンが立っていたのです。

「……昨日の金曜ロードショー、エイリアンだったもんね、姉御」

大福ねずみの問いに、エイリアンが頷きました。

「エイリアンになって、口から、リトルな口をびにゅーんと出してみたいなって言ってたもんね」

もう一度優しく言うと、姉御はびにゅーんと口を出して、シャーッと開きました。


「うるせ~よ! 理解は出来ても、共感は出来ねぇ~よ」

足元で、魚類が一度跳ねました。相槌のようです。

 姉御がもう一度、シャーと威嚇するように口を開きました。

「分かってるよ! オイラの見た目も最悪だよ!」

身なりのせいか、大福ねずみの突っ込みはちょっとワイルドでした。

 

 金髪ボイン、ワイルドねずみ頭、魚類、エイリアンが、何も無い空間に立ちつくしています。ふわりと皆の目の前に現れた獏巾着は、テンションと比例するように足元の方へゆっくり下がって行きました。

「何と言いますか……背景なども用意しておいた方が良かったようで。どうもわたくし、気が利きません……予想ではもっと楽しんでいただけるかと……」

がっかりしたように地面に着地した獏巾着を、しゃがんだねずみ頭が優しくぽんっと叩きます。

「問題は、背景じゃね~よ。俺達が馬鹿だっただけだ。頭部とか、今度はもっとちゃんと考えて来るからな!」

ワイルドで男前な捨て台詞を残しながら、ねずみ頭は背中を向けました。


 その後、一〇四号室は、皆に人気の遊び場になりました。

 そして、目出度く、アパートの仲間たちの全貌が明らかになったのでした。


    一〇三号室 ケサランパサラン(浮遊する謎の白い幸運のふわふわ)

    一〇四号室 獏巾着(悪夢を食べる獏 夢で遊ばせてくれる)

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