31話 草原の風

「ちょっと~、カーナビでも無視してくるくらい、道を間違って時間かかっちゃったよ~」

 日も傾いた夕方になって、ようやく目的の別荘に到着出来ました。

「大福君が、腹減ったとか言って、コンビニ探させるから……。幽霊に買い物させないでよ」

「りょうちゃんも、ジュース買ってたじゃん。水分接種出来るのも意外だったけど、炭酸飲んだら、いつもより高く飛べることが判明したのはすごかったよね~」

あれは発見だったわよね~、幽霊トリビアだよね~、などと、ガールズトークのようなテンション高めな会話が弾みました。


「止まれ。何の用かな、お嬢さん」

会話に夢中で、うっかり門番スーツマッチョの至近距離まで近付いてしまいました。


 オロオロするりょうちゃんの頭の上で、大福ねずみがしっぽムチを振るいました。

「炭酸ジャーンプ~~!」

驚いたりょうちゃんは、反射的に言うことを聞いて、高い門を飛び越えました。下で、スーツマッチョが無線で何か叫んでいます。


 スーパージャンプで別荘の玄関に着地すると、待ち構えていたようにスーツマッチョ×2が現れて、りょうちゃんを両脇から掴みます。

「ちょっと、乱暴は止めてください!」

「君こそ、どうやったのか知らんが勝手に入っちゃ駄目だろ。私有地だぞ」

りょうちゃんは、完全にスーツマッチョに怯えて混乱しています。


 大福ねずみは、再びりょうちゃんの頭にしっぽ鞭をくらわせました。

「りょうちゃん、急ぐんだ! 姉御が剥製にされる前に、狂った人類に、怒りの鉄槌を食らわせてやるのだ~~!」

完全に悪ノリでしたが、混乱したりょうちゃんは、怨霊ちゃんを発動してしまいました。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…」


 機敏な動作でスーツマッチョズの手をすり抜けると、地面に四つん這いになりました。

驚いて動きを止めたマッチョどもの前で、りょうちゃんの姿がどんどん変化していきます。


 ざわざわと束を作って波打つ髪、滴る鮮血、青白い肌に浮かぶあざと割けた皮膚。それが四足で進む様は、完全にテレビでモザイクが入るレベルでした。


 大人スーツマッチョズにも効果抜群で、強そうな男たちが悲鳴を上げて後ずさる様子は、同情に値しました。

「侵入を開始するぞ~! 扉を開けろ~~!」

りょうちゃんパワーは、扉を自動開閉しました。

 大福ねずみは、りょうちゃんの頭の上で髪を一束握りしめ、ヤッフ~イッ、進め~と、りょうちゃんを鼓舞しまくります。


 別荘に侵入してからも、りょうちゃんの勢いは止まりませんでした。鮮血を巻き散らし、四足歩行する化け物の姿に、別荘内のスーツマッチョズも次々と腰を抜かします。

「姉御はどこじゃ~い!」

もはや、どこを進んでいるのか、どこに人がいるのかも視認出来ません。


 大福ねずみの脳裏に、ある言葉が浮かんできます。


(赤兎馬……)


どこまでも行ける気がしました。


(猛将を乗せ千里を駆ける名馬……その名が赤兎馬!)


 手綱(髪の毛)を握り、悠然とりょうちゃんの頭に立つ大福ねずみは、天井を仰いで目を閉じました。瞼の裏には、荒涼とした大地。腰を抜かした敵は、遥か後方へと流れて行くのでした。


「リョッフ~イ!」


 大福ねずみの馬鹿な叫びを遮るように、突然キュキュキュキューと音がしました。

「……何してくれてんだ、てめーは」

りょうちゃんの動きが停止しています。

 大福ねずみが我に返ると、自分のすぐ目の前に人間の手が見えました。ゆっくり視線を上げると、姉御兄がりょうちゃんの額に手のひらを食いこませ、動きを止めていました。


「ま、まさか、さっきのブレーキ音は……」


後ろを振り返ると、床にはブレーキ痕が残っています。


「と、止めたのか? 赤兎馬を!? しかも、片手で……!」


大福ねずみが震えながら姉御兄を見上げると、そこには般若の形相が浮かんでいました。

「床に血を落とすんじゃねぇ――――――!」

兄般若が絶叫しました。

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