32話 姉御発見

「な、何の騒ぎだ」

兄の後ろの扉から、姉御が出てきました。

「姉御~~助けに来たよ~~~~助けて~兄に殺される~~!!」

大福ねずみは叫びました。般若兄の雄たけびで心底ビビッているのと、姉御との再会を喜ぶ気持ちで号泣しています。

「姉御さん~~助けにきたわよ! 剥製じゃないのね? 間に合って良かったわ! 助けてー」

姉御は、どっちだよ、と突っ込みながら、兄の手をりょうちゃんの頭から叩き落としました。


 兄のプレッシャーから解放された二人は、姉御にしがみ付いて声を上げて泣きました。泣きながら、どんなに心配したか、どんなふうに二人でやってきたか、競うように報告し始めます。完全に、初めてのお使い後の、キッズと母ちゃん状態でした。

「こんなに遠くまで、二人で助けに来てくれたのか……ありがとう」

 姉御に優しく言われて、ようやく大人の羞恥心を取り戻した二人は、少し笑って頬を赤くしました。


「俺の妹から離れろ、獣ども……」


 背後から冷気を感じて振り返ると、怒れる兄が肩を震わせて見下ろしています。先程の恐怖を思い出した二人は、慌てて姉御の後ろへ避難しました。

「兄さん、大福と、りょうちゃんだ。大切な友達なんだ。多少誘拐されたりしても許してきたけど、もしこいつらに酷いことしたら、マジでもう、兄さんとは口きかないからな」

笑顔で宣言する姉御の言葉に、兄は一瞬、絶望的な表情を浮かべました。

「愛する妹のお誕生会へようこそ~~……」

愛する妹に嫌われる未来を回避したい兄は、凍り付いたような笑顔で、歓迎の言葉を述べました。


「折角だから、美味いもん食って行こう。りょうちゃんも水分取れるなら、高いワインでも飲もう」

 迎え入れられた部屋には、大きなテーブルに御馳走が並んでいました。兄は、一応礼儀は身に着けているのか、りょうちゃんに椅子を引いてあげて席を勧めていました。大福ねずみは食べたい物を姉御に取ってもらい、少しずつ齧ってご満悦です。


「じゃあ、どうやってここまで来たか、もう一回、ゆっくり落ち着いて教えてくれよ」

姉御が嬉しそうに言うので、大福ねずみは、りょうちゃんが畳から生えてきたところから面白おかしく話し始めました。りょうちゃんも、負けずに色々突っ込みました。

 黙って無表情で食事をしていた兄は、りょうちゃんと炭酸飲料のくだりで、我慢できずに吹き出しました。そこからは、大福ねずみの赤兎馬光臨と、恥ずかしがるりょうちゃんのクライマックスで、全員での大笑いとなりました。

「こいつ面白いな。そういやお前、妹のとこでエルボーぶちかましてきたヤツか」

兄が、大福ねずみを指差しました。

「そうだよ。って、兄もオイラの声聞こえるのかよ」

兄は、大したことでもないように、あぁ、と頷きました。大福ねずみは、姉御の兄なので、そんなもんか、と納得しました。これからはプロレス技ではなく、言葉の暴力中心で責めようと決意します。


 食事も終わり、ケーキが出てくる頃に東村がやってきました。

「……また余分な客が増えたよ」

兄は嫌そうな顔をしましたが、東村は当たり前のように食卓に加わり、ケーキを食べています。

 東村も姉御のように、大福ねずみとりょうちゃんの大冒険を聞きたがりました。大福ねずみは、またかよ~と呆れて見せながら、まんざらでもなさそうに話し始めます。途中、りょうちゃんも、姉御も、兄も、あーだこーだと茶々を入れるので、さっきよりもっと面白い話になりました。もはや武勇伝の様相は消え、珍道中一色になり果てていましたが、笑う皆の中でテーブルの上で笑い転げていた大福ねずみは、大勢でいるのも楽しいな、と思いました。


 話が終わる頃、辺りががうっすら煙っていることに、東村が気が付きました。

「何か燃えていませんか? どこからか煙が……」

「あっ、りょうちゃんから煙が出てる~」

「ワインか、アルコールのせいか!」

幽霊トリビアが増えました。りょうちゃんの発煙で、パーティーはさらに盛り上がって、楽しい時間があっという間に過ぎて行きました。


 良い子は寝る時間が過ぎ、東村の車で帰ることになりました。

 玄関で、姉御が兄の正面へ立ちました。

「最高の誕生会だった、ありがとう。今度はみんなで来てやるから、もう誘拐なんかするなよ。普通に、アパートにも遊びに来るといい。普通に、ふつうに、な?」

兄は、決まり悪そうに笑いながら、姉御の頭を、ポンッと優しく叩きました。その姿は、意外にまともな兄の顔をしています。

「そうだよ、もうやんなよ~」

大福ねずみは、言い捨てました。

「おら、エルボーかましてみろよ」

兄と大福ねずみは、睨み合いました。


 まぁまぁ、と東村が間に入って皆を外に押し出し、車に乗るように促します。最後に玄関に残った東村は、兄を振り返りました。

「妹さんが誕生会を喜んでくれて、良かったですね」

「……まぁな。妹はいつもより笑っていたし、しゃべっていたな」

東村は、そうでしょうねと同意しながら、車へ向かいました。

 兄は、皆に手を振って送り出し、車が見えなくなるとつぶやきました。

「赤兎馬か……」

そして、思い出し笑いをしました。


 帰りの車の中で、助手席に乗った姉御が、ダッシュボード上に陣取った大福ねずみを見つめていました。首を傾げながら横から見たり、上から見下ろしてみたり、黙ってじっとしていた大福ねずみは、流石に居心地が悪くなりました。

「何見てんだよ、姉御! オイラにうんこでも付いてるのかよ~?!」

「いや、うんこは付いてないけど……気のせいかな……お前さ、体の斑点が薄くなったんじゃない? いや、微妙だけど」

姉御の言葉を聞いた大福ねずみは、怪訝そうな顔をしながら頭を曲げたり体を折り曲げたりしながら、自身の体をチェックしました。

「た、確かに! 薄くなった気がする~~~~!」


 何と、大福ねずみの体の灰色の斑点が薄くなっていたのです。


「斑点が一個ずつ消えるわけじゃないんだな。こうやって、全体的に薄くなって行くのか。いやー、良かったなー!」

テンションが上がって万歳を繰り返す二人を見て、東村が口を挟みます。

「一体どうしたんです?」

 横見運転をする東村をたしなめつつ、姉御は大福ねずみの斑点のことを説明して聞かせました。以前は、人見知りだからと説明を拒否した姉御でしたが、すっかり友人として打ちとけたようです。


「そうですか、そんな事情が……それでは今回、大福君は姉御さんを助けたことで斑点が薄くなったのでしょうか」

姉御と大福ねずみは、顔を見合わせました。

「……良く考えたら、オイラ、助けてなくね~?」

「……そうだな。嬉しかったけど」

「そ、それならいいけど。でも、理由がわかんね~! 愛がヒントだったんじゃないのかよ~。助けるのが良いことなら、ぎっくり腰の時の方が、ちゃんと役に立ってたじゃ~ん」


 斑点は薄くなりましたが、何が良いことだったのか確証が持てない二人なのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る