20話 101号室の住人

 101号室の銀色は、背中にダミーのチャックがありました。完全に、ただの飾りでした。

「もしかして、座敷わらし君は、駅前のカラオケ屋『UFO』でバイトしていませんか?」

東村が、爆弾発言をしました。

「そういえば、オイラも見たことある~。路上で看板持って立ってた」

大福ねずみも思い出しました。姉御とお出かけするとき、駅前でたまに見かけていて、呼び込みの着ぐるみだと認識していたのです。

「うん、してるよ。大家さんが、背中にチャック付ければいけるって言うから。ほんとバレないもんだよね」

無責任な賭けを提案したのは、姉御でした。本物の座敷わらしがグレイの恰好をして、カラオケUFOでバイトしても、世の中的にチャックでイチコロなようです。


 世間が無関心すぎるのか、グレイわらしが非常識すぎるのか、どちらにせよ妖怪はバカげた姿で日中の町中に繰り出し、賃金まで頂戴していたのでした。

 東村も大福ねずみも、気付けなかった平凡な自分と、大博打を近所で打っていた姉御の度胸の良さに悔しさを感じました。


「それにしても、何で座敷わらしがグレイなの~?」

今更で最もな疑問に、東村も頷きます。

「これには、大家さん、君たちが呼ぶところの姉御さんとの出会いが関係してるんだ」

やっぱりね、と頷く二名を見て、座敷わらしは話を続けました。


「二年くらい前の話だよ。僕は、長年暮らしてきた田舎の旧家での、遺産相続争い生活にうんざりしていたんだ。犬神家も真っ青だよ。

 ある夜、僕がお札で閉じ込められている奥座敷で泣いていると、そっと障子を開けて現れたのが、姉御さんだった。姉御さんは、免許取り立てで浮かれていて、こんな山奥の座敷にまで迷い込んでしまったと言っていたっけ」


「ちょ、まった~! どうして車を運転してて、山奥の座敷に中身だけで迷い込めるんだよ~」

大福ねずみが、モノ申しました。

「え? あぁ、取り立てだったのは、調理師免許だよ」

「はぁ~?」

「大福くん、突っ込むだけ無駄ですよ。どうせ説明されても、姉御さんの非常識さは理解出来ないんだから。ニュアンスで聞いておけばいいのですよ」

 東村が、さらりと失礼なことを言いました。しかし、説得力があったので、大福ねずみも頷きながら先を促しました。


「そこで姉御さんは、泣いている僕の話を聞いてくれて、先のことは世話してやるから俺についてこい、と言ってくれたんだ。そしておもむろに、僕を封じていたお札を一にらみで焼き尽くすと、僕の手を取って走り出したんだ」


 大福ねずみと東村は、突っ込みたいムズムズを我慢していました。さらに、ちょっと得意気な姉御の顔を見て、イラつきました。そんな空気もお構いなしに、座敷グレイは続けます。


「そうして僕は、都会の住人になったんだ。この部屋も仕事も、姉御さんが用意してくれたんだよ。でも僕は、田舎の金の亡者が連れ戻しに来るんじゃないかと、不安だった。

 そしたら姉御さんは、見た目を変えたらどうかと提案してくれたんだ。姉御さんがこんな感じでどうだろうかと描いてくれたイラストが、シンプルながら今風で可愛げもあって気に入ったので、僕は、この姿になったんだよ」


 フラストレーッションが溜まりまくった大福ねずみが、爆発と共に座敷グレイの顔面へネズミキックを繰り出しました。

「そのイラスト、グレイだから! 完全にパクリだから~~!」

座敷グレイの顔面にヒットする前に、姉御の手にブロックされてしまいます。

「最高傑作だぞ、丁寧に扱え」

 結局、座敷わらしであることを隠すために、グレイに変身したことで、グレイには中の人がいます、グレイじゃないんだよ、中身はただの人間だよという新たな問題を偽チャックで処理するというややこしい存在になったようです。


「……確かに、傑作だよね~。人間に化ければ良かったじゃんとか言ったら、野暮ってもんかもね~」

大福ねずみは、結局姉御の理解者でした。

「姉御さんは、超簡単かつ適当なやり口で、座敷わらしという金の成る木を手に入れたということですね」

 東村がえげつない真実をまとめると、姉御は悪い笑みを浮かべながら、部屋を後にします。


 姉御が外に出てしまってから、大福ねずみは座敷グレイを見上げました。

「でもさ、お前は今、楽しいんだろ? 姉御は、面白いし。結構優しいとこもあるしさ~」

「勿論だよ。僕は、毎日を楽しんでるよ。姉御さんはお札を貼ったりしないから、いつだって出て行く自由があるしね」

 だよな、と言って姉御の後を追う大福ねずみを見て、東村は優しげに目を細めました。

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